小林正啓(弁護士)

 沖縄県名護市辺野古沖の埋め立て承認を巡り、国が沖縄県を訴えた裁判について、3月4日に和解が成立し、和解条項や関連資料が公開された。この裁判や背景事情について特に詳しいわけではないが、弁護士として和解条項をみた場合、非常に興味深い。
和解条項は要するに、次の2点を柱にしている。

(1) 国と沖縄県双方が、本県に関して提起した訴訟等を全部取り下げ、訴訟外での協議を行う。
(2)一方で、沖縄県が行った埋立承認取消処分については、国と沖縄の双方が必要な法的手続を進め、協議が調わず裁判所の判決が確定した場合には、これに従うことを確約する。

 市井の弁護士が日常関わる和解条項に比べると、(1)も(2)もあり得ない条項だ。まず、(1)は当事者同士で話し合う、という内容だが、そもそも話し合いができないから裁判になっているのであるし、双方取り下げて話し合うという約束を、通常は和解とはいわない。和解とは、紛争の終局的解決を意味するからだ。

 一歩譲って、本件訴訟の当事者は国と地方自治体という、それぞれ責任ある公的団体だから、訴訟外で話し合うという和解もありとしよう。

 そうだとしても、(2)はさらにありえない。なぜなら、一般国民や一般弁護士から見れば、裁判結果が出れば従うのが当たり前だから、わざわざ「判決に従います」という和解条項を設ける意味がないからだ。
 この条項には、裁判所の強い政治的意図が込められていると思う。その意図からすれば、今回和解が成立したことで、最も喜んでいるのは裁判所ではないだろうか。

 本件訴訟で和解が成立しなければ、裁判所は判決を出さなければならない。沖縄県敗訴の判決を出した場合、県は様々な訴訟を提起して国に対抗してくる可能性がある。これは、沖縄の米軍基地問題というきわめて政治的な訴訟に裁判所が巻き込まれることを意味するし、裁判所がこれをすべて退けた場合、国に対する沖縄県(民)の怒りは政府ではなく裁判所に向けられるだろう。国民全体から見ても、裁判所が政府の走狗に成り下がっているように見られかねない(既になってるじゃないか、という議論は措く)。他方、いかに国を勝たせたいと思っても、そうなるとは限らない。国の処分にミスが出るかもしれないし、知事には広い裁量権があるからだ。もし裁判所が国を敗訴させた場合、政府与党の裁判所に対する圧力が強まるおそれがある。ただでさえ、一票の格差訴訟や婚姻禁止期間違憲訴訟等で、風当たりが強くなっているのだ。つまり、このまま基地問題に裁判所が巻き込まれた場合、裁判所の政治的正統性なり権威なりが低下する可能性が高い。したがって、裁判所としては、本件訴訟で判決を出すことは避けたい。しかし、当事者間での協議がまとまらず、訴訟で決着する事態に再度至った場合には、文句を言わず従ってもらうための布石を打っておきたい。裁判所は、だいたいこう考えたのではないかと思う。

 紛争が起きたとき、第三者に裁定を委ねる合意を「仲裁合意」という。和解条項の(2)は、「和解」ではなく「仲裁合意」だ。仲裁合意をとっておけば、文句があっても表向き口に出せない。つまり、国と沖縄県に対し、裁判所が独立かつ終局的な紛争解決機関であること(つまりは裁判所の正統性と権威)を認めさせた点において、裁判所がもっとも実を得たといえる。

 もっとも、これですべての問題が解決したわけでは、もちろんない。裁判所にとっても同じことである。今回の和解成立は、たとえるなら、大坂冬の陣が終わっただけかもしれないのだから。
(「花水木法律事務所」ブログより2016年3月7日分を転載)