著者 KeroChan(東京都)

 大学生や高校生が政策を考えて、有識者に提言を行う団体が増加している。このような団体は、日本の将来を担う人材の育成を一番の目的としており、選挙権年齢が18歳以上からに引き下げられたことをきっかけに注目されている。

 先日、とある団体に所属する大学生とその幹部が、BS放送のニュース番組に出演していた。大人では思いつかないような新しい議論を期待したが、それは見事に裏切られた。この日のテーマは少子化問題と地方創生。どれも一刻も早い解決が求められる重大な問題である。二時間の議論の末、提言されたことは、「同一労働同一賃金」「男性の育児休暇の拡充」「地方に関わる当事者を増やす」というものであった。どの提言もすでに世の中で議論されているものであり、彼らの提言に新しさと深みを感じることはできなかった。
 学生達が求められていることは、大人達が気付かない、または目を背けているような、制度の欠陥や罠を指摘し、それをできる限り解消するような政策を提案することである。それが満たされてはじめて、彼らの目指す日本の将来を担う人間になれるのではないか。こうした感覚を持つには、自分自身の人生経験を基に、自身の思想や哲学を持ち、それを活かそうとする姿勢である。今回の番組に出演していた学生達は、大人達(団体幹部や講師)からあらかじめ教わった価値観に拘束され、世の中において「新しい」「革新的」とされるものをひたすらコピーしているだけなのである。番組内でのキャスターとのやりとりにおいても、このような傾向が感じられるシーンが多数見受けられた。

 「若者にこのような能力を求めることは酷なことではないか」、あるいは「厳しい声を浴びることによって、学生達が委縮してしまうのではないか」と思われる読者の方もおられるだろう。しかし、現在の日本経済を支える人材が団体の幹部であり、政界や財界の中心人物から直接レクチャーを受けるという大変貴重な機会に恵まれている以上、それなりの政策立案能力を求められるのは当然のことである。とりわけ、被選挙権年齢の引き下げが検討されている現状においてはなおさらだ。

 今回取り上げた団体に限らず、どの団体も、明治維新で活躍した「幕末の志士」を目指そうとしている。「坂本龍馬のように日本を変えたい!」といったものだ。今回の番組に出演していた彼らもそのことをよく口にしていた。しかし、何の思想や哲学を持つこともなく、単なる憧れで「幕末の志士」になりたいと思っているのであれば、何もせず、普通の人生を送った方が彼らにとって余程有益である。