女性たちが求めているのは、もっと地に足がついたものだ。そして多くの女性たちが怒っているのは、「女性活躍」と言われれば言われるほど、仕事と子育ての責任が重くなるような圧力ではないだろうか。

 少なくとも、子どもを育てながら働く女性に対しては、「女性の活躍」などよりも「男性の活躍」が必要不可欠だ(もちろん、シングルマザーに対しては手厚い支援が必要である)。男性に、育児や家事の分野でもっと「活躍」してもらうこと。しかし、なぜか男性の育児、家事への「進出」は、決して「活躍」とは言われない。なぜだろう?

 そんなこんなや「保育園落ちた」問題を見ていて思うのは、男女のいかんともしがたい非対称性だ。ブログを書いた女性は、子どもが保育園に入れなかったことで「どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ」と困り果てている。しかし、この国では、同様のことに悩み、仕事を諦める女性が多くいる一方で、同じ境遇であっても、本気で「ヤバい会社辞めなきゃいけないかも」と悩んだり、泣く泣く会社を辞める男性は圧倒的に少ない。どうして? この理由を、誰もがわかるような言葉で合理的に説明できる人はどれくらいいるだろう。長らく、「だって女だろ?」「母親だろ?」という言葉で女性たちは口を塞がれてきた。そして安倍政権の「女性の活躍」は、至るところから「だって女だろ?」「どうせ女だろ?」的価値観が顔を覗かせているように思えるのだ。

 さて、この問題が注目されるにつれ、「保育士の待遇が悪い」ということも注目されるようになった。保育士の平均月収は20万円ほど。全産業平均より10万円ほど安いという。

 では、なぜ保育士の給料は安いのか。これについても合理的な理由を答えられる人はどれくらいいるだろう。そして保育士と同じく「全産業平均より10万円ほど安い月給」の職業として、介護がある。

 なんのことはない、「保育」も「介護」も「女が家庭で担うべき仕事」とされてきたからこそ、それが職業として成立しても、男性が担うようになっても、ここまで賃金が低く抑えられてきたのだ。日本社会は長らく「女性労働」を不当に貶めることで成り立ってきたと言ってもいい。保育にしろ介護にしろ、重労働の上、責任が重い仕事だ。命を預かる仕事でもある。それなのに「どうせ女の仕事」と、その低賃金が改善されることはなかった。これほど「低賃金」が問題となり続けているのにも関わらずだ。だからこそ、男性職員が「寿退社」しなければならないような状況が現在まで続いているのである。

 このように、日本社会には隅々まで差別と言っていい構造が浸透しているのに、もう構造自体が差別を組み込んでいるので、どこから手をつけていいのかわからない状態だ。

 2015年のジェンダーギャップ指数で、日本は101位だった。

 女性議員の少なさや男女の賃金格差の大きさがその理由だ。そりゃそうだろう。賃金格差は非正規も含めて女性は男性の約半分だ。男性一〇〇に対して女性九十数ポイントで大騒ぎしているヨーロッパの国々からすればとてつもない「女性差別」がまかり通る国である。

 女性たちは怒っている。しかし、それは何も保育園の問題だけではない。はからずも安倍政権が「女性の活躍」なんて言い出してくれたおかげで、長年放置されてきた、或いはこの社会が見ないようにしていた、そして女性たちも諦めていた数々の問題が白日のもとに晒され始めている。そして「声を上げていいのだ」と気づき始めている。

 女性たちの声は今、無視できないものになっている。地に足のついた生活者である女性たちの叫びに、政権はどう答えるのか。注視していきたい。