天下茶屋の名物といえば薬だった。芽木(めぎ)家のあきなう軍中散(ぐんちゅうさん)と津田家の和中散が住吉街道を往来する旅人あいてに拡販戦争を展開し、宣伝じょうずな津田家の店「ぜさい(是斎)」が当地の名所となった。その名を聞くからにキナ臭そうな軍中散よりも、マイルドで腰の弱げな和中散が太平の江戸の世に支持を得たのだ。「ぜさい」は滑稽小説のベストセラー『東海道中膝栗毛』にも登場し、幕末の錦絵シリーズ『浪花百景』にも取りあげられる。

 芽木家の先祖は豊臣秀吉が立ち寄ったという茶店をいとなんでおり、これが地名「天下茶屋」の由来となったわけだが、のちには津田家も秀吉来訪の由緒を言いたて、調薬法を秀吉から授けられたとまで主張したので、こちらの面でも本家争いの火花が散った。

阪堺電気軌道阪堺線「北天下茶屋」駅
阪堺電気軌道阪堺線「北天下茶屋」駅
 ここで問題。なぜ秀吉が茶を飲むとそこが天下茶屋と称されるのか、読者の皆さんは正確に説明できるだろうか。言っておくが、秀吉が太閤殿下と呼ばれていたからというよくある答案は、甘くつけても六十点。「太閤殿下」は同時代の語例として一般的ではない。それになぜ「天下」と書き、どうしてテンガと読むのか。テンガはデンカの転訛(てんか)(なまり)なのか。

 秀吉は関白の職にあった時期、自筆の手紙に「てんか」と署名していた。正解へのヒントはここにありそうだが、当時は濁点を表記しないことが多く、これを殿下(関白や王族への敬称)とみるか天下(天下人(てんかびと)のこと)ととるか、研究者のあいだでも意見が割れる。

 いまでは天下はテンカ、殿下はデンカだが、古くはどちらもテンガとも発音された。ただ秀吉の時代にはおおむね天下をテンカ、殿下をテンガと読みわけていたようで、そのころキリスト教宣教師がつくったポルトガル語との対訳辞書はテンカに「アメガシタ。君主の権、または国家」、テンガに「関白の官位」との語釈をあて、デンカの見出し語は採録していない。秀吉の「てんか」署名は彼が関白職を辞して太閤になるや「大かう」へと変じるのだから、その意味するところは殿下で、当時はテンガと発音されていたのだ。

 つまり天下茶屋とは、これが本当に秀吉ゆかりの名前なら、殿下(てんが)すなわち関白様の茶屋のことです。やがて同音で書きやすい「天下」に用字が転化…。──もう、ええ加減にしてんか。

 (大阪城天守閣学芸員・跡部信)