河合雅司・産経新聞論説委員
 プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが世界最高峰・エベレストの2度目の登頂に成功した。「次は80歳で挑戦したい」と意欲を示しているという。

 三浦さんは75歳だ。評判を落とした後期高齢者医療制度の対象者ということになる。だが、お元気な三浦さんを「後期高齢者」と呼ぶのはいささか違和感があろうというものだ。

 三浦さんほどではないにしても、「まだ若い者には負けん」との気概を持っている人も多い。新制度はこうした高齢者の気持ちに配慮することなく75歳で一律に線引きした。高齢者が「姥(うば)捨て山だ」と怒りを持ったのも当然だ。批判の根っこには、制度が「情」を欠いたことへの寂しさがあるのだ。

 ところが、誰の保険料が上がった、下がったとの大騒ぎに、政治家までが浮足立った。揚げ句には中所得層まで軽減しようとの大盤振る舞いだ。高齢者の寂しさには何も応えていない。医療費をどう抑え、負担割合をどう見直すかという本質議論もかすんでしまった。

 これだけ批判を集めた制度も近年珍しい。もはや、一から高齢者医療の在り方を議論し直すしか、国民の納得は得られないだろう。だが、始まったばかりの制度を直ちに変えるのも非効率な話だ。第一、医療保険の制度設計は一朝一夕とはいかない。とりあえずは新制度を走らせながら、議論を深めていくことが現実的だ。

 ただ、年齢による区切りをやめれば“すべて解決”とはいかないところに難しさがある。少子高齢化が進み、医療保険財政が厳しくなっていくのは避けられぬ現実だ。厚生労働省の推計では、75歳以上の医療費は現在約11兆円だが、2025年には約25兆円に膨らむ。お金が天から降ってくるなら苦労はいらないが、医療費の伸びは誰かが負担しなければならない。これは制度をどう作り替えようとも、避けて通れない命題だ。

 そもそも、新制度は保険料を下げることを目的としたわけではない。高齢者医療費を誰がどう負担しているか明確にすることに意味があった。新制度は「税金50%、若者世代40%、高齢者本人10%」で負担するとしたまでだ。都合が悪ければ割合を見直せばいい。世代間の負担割合が明確になる新制度の特徴を活用して、具体的数字に基づいた議論を始めるほうが建設的というものだ。

 保険料か税金か形はともあれ、今後、年齢に関係なく国民負担は増え続けるとの覚悟が必要だ。少子高齢化社会とは、そういうことなのだ。今回は医療費だけで大騒ぎとなったが、これはほんの入り口に過ぎない。介護や年金をはじめ費用がかさむ課題は山積している。

 高齢者の負担を減らせば、その分若者の負担が増える。税金だって多くは若い世代が負担している。要はバランスだ。生活が困窮する低所得者は別として、高齢者に協力を求めることから逃げてはならない。

 与野党とも制度をよりよくしたいとの思いには差はない。国会では、たばこ税を大幅引き上げして社会保障費財源に充てようとの超党派の動きも出てきた。こうした動きを、与野党を超えた議論の場づくりにつなげたらどうだろうか。

 図らずも高齢者医療に対する関心は高まった。世代間で負担を押し付け合っていては始まらない。ここはひとつ、高齢者や若者の知恵も借りたらいい。