河合雅司・産経新聞論説委員

 私が住む東京郊外には、まだまだ雑木林や畑が残っている。暮らしはのんびりしており子育てには適しているようだ。ベビーカーを押す夫婦の姿をよく見かける。

 わが家にも、子供たちの遊び声がどこからともなく聞こえてくる。元気な声を聞くと、こちらまで楽しくなるから不思議だ。

 ただ、こうした声も何十年か先には貴重になるかもしれない。厚生労働省の研究所の推計では、1年間に生まれる子供数は減り続け、2055年には約46万人にまで落ち込む。現在の約4割だ。総人口も減る。2035年以降は毎年約100万人ずつ減少し、2055年には9000万人台を割り込むという。

 これは、和歌山県や香川県規模の都道府県が毎年1つずつ消滅する超人口減少社会が、わずか30年後に到来するということだ。このままでは、50年後の日本は現在の3分の2程度の国家となる。しかも、5人に2人が高齢者という極めていびつな社会だ。

 深刻なのが労働力人口(就業者と求職者の合計)だ。厚労省の試算では、女性や高齢者の就業が進まなければ、2030年には現在より1000万人近く減る。

 労働力不足は、経済に打撃を与えるだけでなく、年金など社会保障の支え手不足にも直結する。若者が減れば、あらゆる分野で日本の活力はそがれるだろう。

 人口減少は全国で等しく進むわけではない。現在人口が少ない地方ほど早く進むとみられる。県庁所在地を含む地方都市も例外でないだろう。一方で、東京や大阪などは人口集中が進む。

 その予兆はすで出ている。総務省の調査では、平成19年は40道府県で転出超過だった。ところが東京圏(東京都と神奈川、埼玉、千葉の各県)は12年連続の転入超過で、バブル期の昭和62年以来20年ぶりに15万人を超えた。

 最近、「限界集落」という言葉が話題になった。65歳以上が人口の半数を超え、冠婚葬祭や雪かきといった地域住民の助け合いによる共同生活機能が維持できなくなる状況を示す概念だという。これまでのように、若者が仕事を求めて都市に集まるだけではなく、地方に残された高齢者らが生活が立ちゆかず、身寄りを頼って都市に出てこざるを得なくなるのだ。

 人口減少を一番敏感に感じているのは国会議員だろう。「1票の格差」はいつまでたっても解消しないからだ。ところが、国会や政府内で、人口減少社会を見据えた議論はほとんど聞かれない。

 多くの国会議員の関心事は相変わらず、整備新幹線や高速道路だ。揮発油税(ガソリン税)の暫定税率廃止をめぐる与野党の激突をみると、道路予算の獲得が次の選挙を大きく左右する現実があることを実感させられる。

 ただ、新幹線や道路を全国に張り巡らせたとして、人口激減後にどれぐらいの需要があるのだろうか。維持管理費にまで思いがいたっているのだろうか。心配を始めたらきりがない。

 極めて単純に考えれば、人口減少を止めるには、両親2人が2人の子供を持たなければならない。人口増に反転させるには3人以上が必要だ。だが、いまの日本でこれはなかなか難しい話だろう。

 少子化対策に全力を尽くすのは当然だが、そろそろ発想を変えて、「小さな日本」を考えてみるのもどうだろう。人口減少下でも全国均衡発展は可能なのだろうか。公共事業予算の社会保障や教育への大シフトや、外国人労働者の是非の議論を始めるのもよい。テーマは山積している。人口が激減してから慌てたのでは、とても間に合いそうにない。