衝撃のアルファ碁圧勝 それでも人はもっと「神の一手」に近づける

『松原 仁』

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松原仁(公立はこだて未来大学教授)


 ゲームにはいろいろあるが、その中に「二人・零和・有限・完全情報・確定ゲーム」という範疇がある。

 「二人」とは二人でプレイするゲーム。「零和」とは、二人ゲームにおいて一方が勝てばもう一方は負けるゲームのことである。勝ちをプラス、負けをマイナスとして勝ち負けを足すと零(ゼロ)になるという意味で零和と言う(引き分けは二人とも零である)。二人ゲームはふつう零和である。二人とも勝ちだったり負けだったりするとゲームとしてつまらないからである。しかし恋愛やあるいは戦争を二人ゲームと思うと、二人とも勝ちだったり負けだったりするので、これらは零和ではない。「有限」というのはルール上ゲームが有限で終了することである。

 人生は有限なので人間がプレイしている限りプレイは有限になるが、ここで言っているのはそういうことではない。プレイヤー同士でゲームが続くように談合してもいつかは終わるようにルールができているということである。有限でないゲームの一つはじゃんけんである。談合して二人がグーを出し続ければ無限に続けることができる。

囲碁ソフト「アルファ碁」との第3戦に臨む李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段=3月12日、韓国ソウル(グーグル提供・共同)
 将棋の千日手のルールは、以前は同一手順を3回繰り返すと千日手として引き分け(指し直し)になるというものであった。しかしこのルールだと、3回繰り返すことなく永久に手を続けることが理論的に可能なので、有限ゲームではなかったのである。プロ棋士の実戦でも半永久的に続きそうな手順が生じたので、ルールを変更して同一局面が4回繰り返すと千日手になった。このルール変更で将棋も「有限」ゲームになったのである。敵の情報がすべてわかっているのが「完全情報」ゲームである。偶然性(たとえばサイコロを振ること)がないのが「確定」ゲームである。

 囲碁は「二人・零和・有限・完全情報・確定ゲーム」の一つである。チェッカー、オセロ、チェス、将棋などもこの範疇に入っているが、世界中でこの範疇のゲームでもっともむずかしいのが囲碁である。ゲームの始まりから終わりまでの選択肢の総数を「場合の数」というが、チェスの場合の数は10の120乗(10を120回かけた数)、将棋は10の220乗なのに対して囲碁は10の360乗にも及ぶ。コンピュータにとってのゲームのむずかしさはこの「場合の数」によって決まる。

 人工知能の研究は「場合の数」が小さいゲームから挑戦してきた。コンピュータが世界チャンピオンに勝った(あるいは勝つ実力を得た)のは、チェッカーが1994年、オセロが1997年、チェスも1997年、将棋は2015年である。囲碁は2015年の時点でコンピュータの実力はアマの6,7段であった。2006年前後に開発されたモンテカルロ法という統計的な手法でアマの高段者のレベルにはなったものの、世界チャンピオンに勝つまでは後10年はかかると思われた。
人間は神にもっと近づける


 そこに突如現れたのがグーグルのアルファ碁である。最近の人工知能でとても優れた技術とされているディープ・ラーニング(深層学習)の技術をモンテカルロ法に組み合わせた。2016年1月に出版された論文によれば、2015年10月に2段のプロ棋士に対戦して5戦5勝ということでコンピュータ囲碁関係者をびっくりさせた。急に3子程度強くなったことになる。

 アルファ碁が2016年3月に韓国のセドルと5戦すると発表したときは、多くのコンピュータ囲碁関係者はほとんどのプロ棋士と同様にセドルが5戦5勝と思った。論文のときのアルファ碁は2段のプロ棋士には勝ったものの、トッププロ棋士の一人であるセドルよりも明らかに弱かったためである。それが蓋を開けてみるとアルファ碁がセドルに4勝1敗と圧勝した。2段のプロ棋士に勝ったときからの約5か月間でさらにとても強くなっていた。

 勝ち方がすごい。囲碁の強い人間は局面を全体として直感的に認識する大局観を持っているが、これまでのコンピュータはまともな大局観を持てなかった。アルファ碁は膨大なプロ棋士の棋譜からディープ・ラーニングで学習することによって大局観を獲得することができたのである。しかも、弟子であるアルファ碁が獲得した大局観は教師に相当するプロ棋士のものよりも優れているのである(「青は藍より出でて藍より青し」である)。

韓国・ソウルで行われた人工知能囲碁ソフトとの対局に敗れ、感想戦を行う李世●(石の下に乙、イ・セドル九段(AP)
 アルファ碁はセドルとの対局で序盤に人間には意味が理解できない手を何度も打った。人間の常識ではそれらの手は悪手であり、セドル自身も解説のプロ棋士も打たれた時点ではそう見なしていた。しかし対局が進んでみると、それらの手には意味があり、それに気づいたときにはセドルの負けが決まっていたのである。人間(セドル)には見えていない未来がコンピュータ(アルファ碁)には見えていたと判断せざるを得ない。1敗したようにセドルがアルファ碁にまったく勝てないレベルに達したわけではないが、囲碁でもコンピュータが世界チャンピオンに勝ったということになる。もっともむずかしい「二人・零和・有限・完全情報・確定」ゲームである囲碁の決着がついたのである。

 すばらしいのはセドルがアルファ碁の挑戦を受けたことである。中途半端のレベルのプロ棋士ではなく、いきなりトップレベルのセドルをコンピュータの相手として出した囲碁界の判断を歓迎したい。日本では井山が7冠王になろうとしている。日本で敵なしで圧倒的に強い井山にぜひコンピュータ囲碁と対戦してほしいと思う。

 打倒アルファ碁を目指すコンピュータ囲碁のプロジェクトが日本や中国で始まっている。人間とコンピュータが切磋琢磨することによって囲碁のさらなる高みに至ってほしい。囲碁はとてもむずかしいゲームなので、強いプロ棋士といえども囲碁の神様との間にはまだかなりの実力差があると思う。

 あるプロ棋士に囲碁の神様と対局するとした何子のハンディをもらえれば勝てると思うかと聞いたら、4子では勝てると思うが3子では自信がないという答えであった。人間より強いコンピュータ囲碁が出現したことで、人間は神にもっと近づける可能性が出てきた。コンピュータはあくまで人間の道具なので、人間より強くなったコンピュータ囲碁をうまく利用することによって囲碁界が発展していくのが望みである。

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