「対局」と「普及」は棋士の両輪


 奇跡の入段。そして白江は棋士としての自分の生き方も考えるようになる。

 「棋士には2つの使命があって、1つは碁の勉強をしてタイトルを目指すこと。もう1つは囲碁の普及をすること。この2つは両輪でね。どちらが欠けてもダメなんです。碁というものがなくなってしまったら、棋士という職業は成立しないけど、棋士がいなくても、碁は成立するんです。囲碁の良さをたくさんの人に知ってもらって、そのおかげで棋士が棋士としていられるのに、時々みんな忘れてしまうんだよね。自分の勉強だけしていれば良いと思っている。普及という仕事をしていると、棋士の本分を全うしていないようなことを言われることがあるけど、それは全然違うんです」

 白江がこう熱く語るのには理由がある。若い頃から、先輩棋士の教室を手伝い、その講義の面白さが買われてテレビ講座にも多数出演し、大人気となった。その一方で、対局を疎かにしているのではないかという心無い言葉もかけられることがあったのだ。

 「昔は囲碁を打つ方が多くてね、夜の教室なんて、定員100人くらいがあっという間に埋まった。そんな良い時代を知っているからこそ、普及が大事だと強く思うんだ。棋士は生活のために指導碁をするのではなく、普及活動自体が棋士の本分だし、求められる場があるのなら、喜んで伺うべきなんです」

多面打ちの名人


 1人でもファンの方に喜んでもらいたい。そんな白江の発想から生まれたのが多面打ちだ。同時に沢山のお客さまを満足させるにはどうしたら良いか。当時最強の棋士だった呉清源九段がヒントをくれた。

 「呉先生がアマ高段者の方を、3人くらい同時に打っていてね。先生は両利きだったので、左右で打っていた。それが蝶のようでカッコ良くてね。これだ!と思って、どんどん多面打ちの面数も増やしてやり始めました。呉先生からは『多面打ちの名人だね』と言われて嬉しかったのを覚えています」

 1人が大勢を相手にする多面打ちは見ているだけでも圧巻だ。囲碁普及という意味からも、人を寄せ付けるイベントとなり、10面、20面とどんどん増えて行く。そして平成3年には、フランス・パリで102面打ち、平成10年には日本棋院で230面打ちを行うなど、「多面打ちの白江」が印象付けられることになった。

 実は多面打ちというのは、立ち仕事での移動、そして腰を曲げての着手など、体力的にキツい仕事でもある。だが白江は、78歳になった今も、10面打ちなどの多面打ちを続けている。