「世界一」こそ次世代導く

 20代の名人などあり得ない―。昭和最強棋士の一人とされる故・坂田栄男(えいお)二十三世本因坊は昭和40年、全盛を誇った45歳のときに、こう語ったことがある。

 だが、井山裕太は弱冠20歳4カ月で名人を獲得し、3年半後には6冠に上り詰めた。井山が台頭する以前、覇を競い合った張栩(ちょうう)(33)、山下敬吾(34)ら「平成の四天王」も、20代でタイトルを獲得した。

 このような若手の活躍の要因の一つとして、近年の持ち時間の短縮が指摘されている。長考より脳の〝瞬発力〟が要求されるようになり、若手に有利に働いたという説だ。井山の強さもまさに、この速さにある。

 「井山さんは天才。予想もしなかった手ばかりがくる」。井山が目標とし、最大のライバルでもある張はこう述懐する。打つべき手を複数の選択肢から検討し、千手まで読むという井山。だが、意外にも対局相手を悶絶(もんぜつ)させる妙手は、「〝第一感〟という最初の直感によるものが多い」(井山)のだという。

 井山は右利きだが、囲碁だけは左手で打つ。祖父の鐵文(故人)が「右脳を刺激するように」と指導したからだ。定石を超えた井山の棋風は、祖父の薫陶のたまものともいえる。

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 順風満帆に見える井山の囲碁人生だが、挫折がなかったわけではない。

 その一つが、9歳のときに特別参加した中国の児童囲碁大会。6歳で大人を打ち負かした囲碁番組「ミニ碁一番勝負」や、小学2年で上級生相手に優勝した全国少年少女囲碁大会のように、年上相手に勝利を重ねてきた井山は初めて年下に負けた。29位に終わり、幼心に中国の囲碁界の層の厚さを実感したという。

壇上で笑顔を見せる井山裕太棋士=2013年5月13日、大阪市北区(大塚聡彦撮影)
壇上で笑顔を見せる井山裕太棋士=2013年5月13日、大阪市北区(大塚聡彦撮影)
 ここ十数年、日本の棋士は中国、韓国を相手になかなか勝てない状況が続く。6冠を果たした井山が会見で今後の目標を問われ、誰もが期待する「7冠」だけでなく「国際棋戦での優勝」も挙げたのは、9歳のときのリベンジの思いもあるのだろう。

 サッカーの香川真司、体操の内村航平、テニスの錦織(にしこり)圭…。若くして世界のひのき舞台で活躍するこれらのスポーツ選手は、井山と同じ1989年生まれだ。

 スポーツジャーナリストの二宮清純は「子供の頃から衛星放送で海外サッカーやメジャーリーグに親しんできた世代。彼らにとって世界という壁は低かったはずだ」と指摘する。95年に野茂英雄(44)がメジャーに渡り、98年には日本がサッカーのワールドカップに初出場した。

「日本選手の世界での活躍は、競技やジャンルが違っても影響したと思う。若くしてなかなか評価されることの少ない芸術の分野でも、将来、彼らの世代から国際的な人材が現れるかもしれない」

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 子供の頃から野球好きの井山も、メジャーリーガーのイチロー(39)のファンで、その姿勢に大きな影響を受けてきた。井山の国際棋戦への意気込みは、同世代のスポーツ選手と共通するものがある。

 もし、日本の囲碁界の頂点に立った井山が国際棋戦でも活躍したら―。

 井山の下の世代には、人気漫画「ヒカルの碁」がきっかけで囲碁を始めた〝棋士予備軍〟が大勢控えている。底辺が広がれば、頂点も高くなる可能性が高い。海外でも活躍する井山に刺激を受けた後輩たちが、井山がうかうかしていられないほど日本の囲碁のレベルを向上させるかもしれない。野茂の活躍がイチローや松井秀喜(38)、ダルビッシュ有(26)を導いたように。(敬称略)