小堀桂一郎 東京大学名誉教授)

到底黙視し得ない事態
 1日付本紙の第1面で航空幕僚長田母神俊雄氏の更迭が報じられた。理由は田母神氏がある民間の雑誌の懸賞募集に応募し、最優秀作として掲載される予定の論文が、所謂(いわゆる)「過去の歴史認識」に関して従来政府のとつてきた統一見解と相反する、といふことの由である。この件に関しての高橋昌之記者の署名入り解説は適切であり、2日付の「主張」と合せて結論はそれでよいと思ふのだが、一民間人としても到底黙視し得ない事態なので敢へて一筆する。

 田母神氏の論文を掲載した雑誌は間もなく公刊されるであらうが、筆者は既に別途入手して全文を読んでゐる。それに基づいて言ふと、本紙に載つた「空幕長論文の要旨」といふ抄録も、全文の趣旨をよく伝へてをり、大方の読者はこの「要旨」によつて論文の勘所を推知して頂(いただ)いてよいと考へる。

 田母神論文を一言で評するならば、空幕長といふ激職にありながら、これだけ多くの史料を読み、それについての解釈をも練つて、四百字詰め換算で約18枚の論文にまとめ上げられた、その勉強ぶりにはほとほと感嘆するより他のない労作である。

栗栖弘臣元統幕議長
栗栖弘臣元統幕議長
栗栖事件に連なるもの


 その内容は、平成7年の大東亜戦争停戦50周年の節目を迎へた頃から急速に高まり、密度を濃くしてきた、「日本は侵略戦争をした」との所謂東京裁判史観に対する反論・反証の諸家の研究成果をよく取り入れ、是亦短いながら日本侵略国家説に真向からの反撃を呈する見事な一篇(いっぺん)となつてゐる。

 筆者は現職の自衛隊員を含む、若い世代の学生・社会人の団体に請はれて、大東亜戦争の原因・経過を主軸とする現代史の講義を行ふ機会をよく持つのだが、これからはその様な折に、この田母神論文こそ教科書として使ふのにうつてつけであると即座に思ひついたほどである。ここには私共自由な民間の研究者達が、20世紀の世界史の実相は概(おおむ)ねかうだつたのだ、と多年の研究から結論し、信じてゐる通りの歴史解釈が極(ご)く冷静に、条理を尽して語られてゐる。