河合雅司・産経新聞論説委員
 文明国家とは、このようにして衰退していくものなのかもしれない。

 団塊世代が高齢化し、社会保障がこれから正念場を迎えることは誰もが分かっている。だからこそ「社会保障と税の一体改革」が注目を集めている。

 ところが、野田佳彦政権は「伸び続ける年金、医療、介護の費用をどうやって抑制していくのか」という、改革のポイント部分を示していない。

 デフレ下で年金を減額する仕組みや、70~74歳の医療費窓口負担の2割への引き上げを見送るなど、国民に痛みを求めることから逃げた。それどころか、莫大(ばくだい)な税財源を要する最低保障年金にこだわり、むしろ社会保障費を膨張させようとさえしているのだ。あきれんばかりの危機感の欠如である。

 民主党政権の膨張路線は社会保障にとどまらない。野田首相が「重大な決意で臨む」と語る消費税増税も、民主党内から低所得者向けの現金給付の対象を手厚くするよう求める声が相次いでいる。これでは思うような税収増効果は期待できない。

 さらに驚くのが、この期に及んで、整備新幹線や高速道路といった大型公共事業を相次いで復活させていることだ。

 背景には、次期衆院選への懸念がある。社会保障改革案について、民主党内から「消費税増税と社会保障のカットのダブルパンチでは有権者に説明できない」との本音が漏れる。典型的な大衆迎合政治である。

 消費税増税反対派とて例外ではない。「増税の前にやるべきことがある」ともっともらしく主張するが、内心では「消費税反対と言ったほうが選挙で有利だ」と考えている人たちだ。政局優先で一体改革を潰そうとしている勢力もあるが、彼らが少子高齢社会を乗り切る代替案を持っているわけではない。

 現在の日本を古代ローマと比較する見方がある。栄華を極めたローマは、市民の堕落によって滅亡したとされる。有名な「パンとサーカス」である。

 政治家が人気取りのために、大衆の求めに応じて無償で食料や娯楽を提供し、欲望が際限なく拡大した市民はやがて自立の精神を失ったという話だ。実際には複雑な背景があるようだが、しばしば「腐敗した政治」の代表例として挙げられる。

 野田政権のいいかげんな一体改革案を、このまま通していいわけはない。だからといって、改革をしなくて済むという話でもない。亡国への道に歯止めをかけるには、「パンとサーカス」のような大衆迎合政治と決別し、現実的な改革案としてまとめ直すしかないのである。

 社会保障への切り込み、行政改革、経済成長、そして増税や保険料アップといった負担増のすべてを同時に実現しなければならないところまで、日本は追い込まれている。

 自民党は次期衆院選の政権公約の原案で「自助を基本とする」との理念を打ち出した。果たして、政治家がバラマキ競争から抜け出し、有権者は「パンとサーカス」の誘惑に打ち勝てるのか。危機は日本人の心の奥に潜んでいる。