碓井真史(新潟青陵大学大学院教授)

 悲劇的な事件事故や災害が起きると、「自粛」が行われる。自粛とは、自分から進んで、行いや態度を改めて、慎むことだ。自主的な行動なら別に構わないとも思えるが、堀江貴文氏は、震災発生後によく見られる過度な自粛に対して「馬鹿げた行為」と批判している。本田圭佑選手は「様々な分野で自粛のニュースを目にしますが僕は自粛するのは間違ってると思います」とコメントしている。

 身近で不幸な出来事があったときに何かを自粛するのは、普通のことだし、必要なことだろう。だが、ここで問題にされているのは、過剰な自粛であり、また自粛と言うよりも世間の目を恐れての萎縮に近い自粛だろう。世の中に流れる奇妙な萎縮ムードは、なぜできあがるのだろうか。

 人々は、なぜ自粛しようとするのだろうか。一つは、単純に自分が楽しむ気持ちになれないからだろう。悲劇的な報道を見れば、心は沈む。とても楽しい宴会やイベントなどはしたくないと感じるだろう。

 もう一つは、「罪悪感」だ。罪悪感にも様々ある、たとえば「サバイバーズ・ギルト(生存者罪悪感)」。亡くなった人がいるのに、自分は生き残っている。そのときに感じる申し訳なさが、サバイバーズ・ギルトである。自分が生きていて、楽しむことに罪悪感を持ってしまう。被災地では大勢の人が困っているのに、パーティーや宴会でご馳走を食べ、大声で笑うことなどは、悪いことと感じてしまうことがある。

 また罪悪感の中には、被災地で頑張っている人々に対する罪悪感もある。それは、「献身の三角形」と呼ばれている。被災地で苦しみながら懸命に生きようとしている人々がいる。そして被災者のために献身的に働いている自衛官や消防団の人がいる。それなのに何もしていない自分がいると感じると、自分も何かしなくてはならないと思う。これが、献身の三角形である。
アパートの1階部分がつぶれ、取り残された人の救出活動を行う消防隊員ら=4月16日午前、熊本県南阿蘇村(桐原正道撮影)
アパートの1階部分がつぶれ、取り残された人の救出活動を行う消防隊員ら=4月16日午前、熊本県南阿蘇村(桐原正道撮影)
 たとえば、日本テレビの「24時間テレビ」も同じ心理メカニズムが働く。苦労している障害者の皆さんがいる。司会者達は24時間眠らないで番組を進行させ、さらに24時間走り続けている芸能人もいる。頑張っている障害者、足の痛みをこらえながらゴールを目指すランナー。それを見たとき、自分も何かしなければならないと思う。そこで、募金活動が生まれるわけである。

 同じ心理が災害報道に接する私達に起こると、募金活動をしようと思ったり、宴会やイベントを自粛しようと思ったりするのだろう。