渡辺靖(慶應大SFC教授)
THE PAGEより転載)
 「イスラム教徒の米国入国を拒否すべき」「(メキシコとの)国境に万里の長城を造る」など過激な発言が続くドナルド・トランプ氏。米大統領選の共和党有力候補が、今度は日米同盟をはじめとするアジアの安全保障をやり玉に上げています。「在日米軍撤退」「日韓の核保有容認」などを示唆したトランプ氏発言の真意はどこにあり、どのように受け止めればよいのでしょうか。アメリカ研究が専門の慶應義塾大学SFC教授、渡辺靖氏に寄稿してもらいました。

オバマ大統領も発言を批判


 米大統領選の共和党候補指名争いで首位を走る実業家ドナルド・トランプ氏の発言がまたもや物議を醸している。今回は外交・安保政策に関してである。

サウスカロライナ州スパータンバーグで勝利宣言を行った後、支持者に手を振るトランプ氏=2016年2月22 日
サウスカロライナ州スパータンバーグで勝利宣言を行った後、支持者に手を振るトランプ氏=2016年2月22 日 
 同氏は「米国はもはや裕福ではない」として「日韓が米軍の駐留経費負担を大幅に増額しない場合は米軍を撤退させる」「中国や北朝鮮への対抗手段として日韓の核兵器保有を容認する」と発言。かねてより日本の「安保タダ乗り」を批判していた同氏だが、さらに踏み込んだ格好だ。

 米国務省の報道官は「日韓との条約義務は不変」「恥ずべき考え」、ホワイトハウスの報道官は「日韓による核保有はアメリカ政府の政策に反するもので、地域を不安定にする」「なぜいい考えなのか、想像できない」と反論した。バラク・オバマ大統領も「世界を分かっていない」と酷評。大統領選の候補者の発言を批判するのは異例だ。

 日本政府は「誰が大統領になろうとも、日米安保体制を中核とする日米同盟は我が国の外交の基軸だ」「非核三原則は政府の重要な基本方針であり、今後も堅持することに変わりはない」と抑制的に対応。

 韓国政府も「同盟国としての役割はきちんと果たしている」「韓国政府は朝鮮半島非核化に対する一貫した確固たる立場を堅持している」と述べている。

日本の左派や右派、中ロは歓迎?


米軍撤退に関して、日本の一部には歓迎する向きもあろう。

 左派にとって、それは米軍基地問題の解決を意味する。また、右派にとっては、自主防衛への道が開けることを意味する(もっとも、その場合、左派は米軍撤退後の「力の空白」をどう埋め合わせるか、右派は大幅増する防衛費の財源をどう確保するか、それぞれ道筋を示す必要があるが)。

 当然ながら、ロシアや中国、北朝鮮は米軍撤退を大いに歓迎するだろう(トランプ氏は中国が沖縄県の尖閣諸島を占領した場合の対応については「どうするかは言いたくない」と明言を避けている)。

 米国が第二次世界大戦後のリベラルな国際秩序の形成を主導したことは多言を要しない。その鍵となったのは世界規模における同盟関係の構築だ。

 実は、米国の初代大統領ジョージ・ワシントンは海外との恒久的な軍事同盟の締結を戒めていた。欧州流の「旧世界」の紛争に巻き込まれたくなかったからである。

 その米国が敢えて同盟関係の締結に踏み切ったのは、東西冷戦下の一九四七年(米州共同防衛条約=リオ協定)。以来、パキスタン以外に信頼できる同盟国を持たない中国とは対照的に、今日では50か国以上と同盟関係を結んでいる。米兵は世界の4分の3以上の国々に駐留し、米軍基地は海外の約700か所に存在している。

 トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)についても関係見直しを明言しているが、まさに過去70年の米国の外交・安保政策のコペルニクス的転換と言う他ない。