落合知美(「市民ZOOネットワーク」理事)

 動物園のゾウに「そこでの暮らしは幸せですか?」と質問してみる。「パオーン」と返事をしたからといって、「幸せなんだな」と思ってはいけない。それどころか、一刻も早くその場を離れた方が良い。声を発するやいなや、耳をバサバサと広げ、鼻を振り回し、突撃してくるかもしれない。その声は、威嚇時に発することの多い声だ。ゾウの鼻の一振りで、人は軽く飛ばされる。ヒトとゾウでは、体の大きさや力が違うのはもちろん、見えている世界、聞こえている世界、感じている世界が違う。幸せかどうかは(音声で)聞けないし、人間の基準で考えると失敗する。

 動物が幸せか、どうやって知ればいいのだろうか。私が大学院生の時使った“幸せ”の評価方法は、動物の行動観察をおこない、その「行動レパートリー」と「時間配分」を、野生のものと比較するというものである。飼育されている動物の行動は、野生で観察される行動とかなり異なる。野生ではおこなわない行動をするし、反対に、野生でする行動をしなかったりする。そこで、飼育での行動を調査し、野生の行動と比較する。そして、行動の「質」および「量」をより野生に近づけることで、“幸せ”な環境づくりを目指す。
 動物の“幸せ”を測定する方法は、他にもある。例えば、病気や怪我の頻度も指標になる。病気や怪我は痛みをともなう。ストレスが高まると、無駄な喧嘩が増え、免疫力が下がり、病気の治りも悪くなる。動物にとって、病気や怪我は少ない方が良い。つまり、病気や怪我の頻度が少ない方が、より“幸せ”だと言える。しかし、楽しく遊びすぎて怪我をすることもあれば、無気力で動かないために怪我をしないこともあるから、注意が必要だ。その他にも、ストレスホルモンを測定する方法、身体の発達程度を比較する方法、そして繁殖成功率なども、“幸せ”の指標となるだろう。結局、言葉ではわからない動物の“幸せ”をはかるためには、何らかの尺度を設定し、それを数値化することで客観的に評価する必要がある。「動物福祉」の分野では、こうした様々な手法により、“幸せ”が評価されている。

 野生の状態がより“幸せ”とする評価方法では、「そもそも野生の生活は幸せなのか?」という質問を受けることがある。野生では、昼も夜も、どこからか襲い掛かってくる敵や、不確かな水や食べ物の確保に脅えなければならない。アジアゾウなら、トラやヘビに襲われることもあれば、水を求めて果てしない距離を移動することもあるだろう。一方、動物園なら敵に襲われることもなければ、食べ物の心配をすることもない。毎日をのんびりと満喫することができるのである。その暮らしがなぜ“幸せ”ではなく、わざわざ過酷な野生の状態に近づけるのか、と考えるのは当然である。また、動物園で飼うことが問題なら、飼育しなければよい、とも考えられる。これらの問いに答えるには、「動物福祉」について説明しておかなければならない。