山川宏治(多摩動物公園主任飼育員)
※肩書など掲載時のまま


 東京・井の頭自然文化園の「はな子」が今秋、還暦を迎える。戦後間もなく、タイから来日した当時は2歳半だった。現在、国内で一番長く飼育されているアジアゾウとなった。

 敗戦にうちひしがれた日本で「彼女」は、たちまち子供のアイドルになった。だが昭和31年、夜中に動物園に忍び込んだ酔っ払いを事故死させ、「殺人ゾウ」の烙印(らくいん)を押されてしまった。重い鎖につながれ、来園客から石を投げられたこともある。すっかりやせ細り、心も病み、人間不信になった。そんな彼女の世話を引き受けたのがベテラン飼育員、父の清蔵さんだった。

ゾウの「はな子」を父と親子二代で飼育してきた多摩動物公園主任飼育員の山川宏治さん=2006年 12月2日午前、東京都日野市の多摩動物公園 (矢島康弘撮影)
ゾウの「はな子」を父と親子二代で飼育してきた多摩動物公園主任飼育員の山川宏治さん=2006年12月2日午前、東京都日野市の多摩動物公園 (矢島康弘撮影)
 「いったん閉ざした心を無理にはこじ開けられない」

 父は愛情というカギで、はな子の閉ざされた心を開けようと試みた。赴任後4日目に足の鎖を外し、暇さえあれば飼育舎でスキンシップを図った。それでもはな子が父の手をなめるまでに6年かかった。元気だったころの体重に戻るには、8年かかった。

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 中学2年生のとき、父親の帰りを1人飼育舎近くで待ったことがある。初めてはな子を見た。「ブハーッ」と鼻を鳴らし、今にも突進してきそうな姿に圧倒された。「怖い」。それが第一印象だった。

 高校を卒業後、警察官になったが肌に合わず、すぐにやめた。そして父親の後を追うように動物相手の仕事についた。

 多摩動物公園(東京都日野市)でゾウやヒグマの相手を約25年、務めた。平成8年秋、井の頭自然文化園の勤務に異動となった。1年後、はな子の担当を任された。