国学院大学名誉教授・大原康男

 周知のように「戦後レジームからの脱却」を掲げて登場した、2次にわたる安倍晋三政権の最大眼目は憲法改正である。

 公布されてから70年もの年月を波乱なく過ごし、これまで一度も改正されたことのないという現憲法の異常な歴史-一生独身を通して国務に専念した女王、エリザベス1世は“バージン・クイーン”と称揚されたが、“バージン・コンスティチューション”は決して自慢できるものではあるまい。

改正の必要ありとされた20条


 西修・駒沢大学名誉教授によれば、米国独立宣言など6つの政治文書の寄せ集めたものにすぎない前文から始まって、極めて厳格な改正条項を含む全103カ条の条文の中には今後も堅持すべきだとされるものもあるが、早くから改正の必要ありとされてきたものの一つが20条である。

 本条は3つの項から構成されている。1項前段の「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」はそのまま残すことに異論はないが、それ以外は何らかの改正が施されるべきであろう。中でももっとも問題とされてきたのは3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」である。

 本項は1項後段の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と併せて政教分離原則を規定したものであるが、条文を分解すれば、主語としての「国及びその機関」と、述語としての「宗教的活動」から成る。

 まず「国及びその機関」を文字通りに解すれば、国会や政府・裁判所や各種の公団などの国家機関を指すことになろうが、政教分離が公権力と宗教の関わりに一定の規制をかけるものとすれば、地方公共団体をその対象から外すことは制度の意義を大きく損なうことになるのは必至だ。そこで行政や学説のほとんどは地方公共団体も「国及びその機関」に含まれるとか、「国及びその機関」に準ずるとかという論理で説明してきた。

 私の知る限り、これに異論を呈したのは中山健男名城大教授(故人)にとどまったが、主語の厳密な解釈としては一理あると思う。

 何と言っても重要なのは述語である「宗教的活動」の意義である。これには大きく分けて2つの立場がある。1つは「宗教的活動」とは宗教的色彩のある事象の一切を包含するものとし、国や公共団体は宗教から徹底的に分離されるべきであると主張する「完全(厳格)分離」であり、戦後久しく憲法学界の多数説であった。

 もう1つは、「宗教的活動」とは宗教的色彩のあるすべてを指すのではなく、「宗教教育」に代表される特定宗教の布教・宣伝のような積極的活動とし、そこまでには至らぬ一定の範囲で国や公共団体も宗教と関わることを認める「限定的分離」の考え方である。

 本項について最高裁が初めて憲法判断を下したのは、津市が市の体育館の起工に際して神式地鎮祭を挙行し、神職への謝礼などに公金を支出したことを違憲として提訴された「津地鎮祭訴訟」においてである。

 昭和52年に出されたこの判決は「限定的分離」に立つ柔軟な解釈に則(のっと)って原告の主張を却(しりぞ)けた画期的な内容であり、後に若干の逸脱が生じたもののわが国の司法において確立した法理となっている。


濫訴を招いた文意の曖昧さ


 これ以降、最高裁が言い渡した政教訴訟の判決は29件にも及ぶ(その多くは首相の靖国参拝と皇室祭祀(さいし)に関わるもの)。そのうち原告が勝利したのはわずか2件(6・9%)にすぎない。既に最高裁で判断が示されている同種の訴訟が繰り返されることも少なからずあり、あえて「濫訴」と言い切ってもよい状況が続いてきたことは事実である。

 厳密に数えたわけではないが、地裁・高裁で確定したもの、あるいは審理中の原告の死亡や訴訟取り下げなどによって終了したものも含めて、これまで提起された政教分離をめぐる訴訟は80件を優に超えている。憲法訴訟の数としては9条に関わる事案を遥(はる)かに上回り、訴訟に至らずに政教事件として片付いたものはその数倍にも達するだろう。

 ピーク時には10件以上もどこかの裁判所に係属していたこの種の訴訟も現在は6件にとどまっているとはいえ、楽観はできない。既に縷述(るじゅつ)してきたように、その主たる要因は20条3項の文意の曖昧さにあるからだ。

 立法政策としては単なる「宗教的活動」の禁止のような抽象的な表現ではなく、産経新聞社編『国民の憲法』要綱の26条3項「国および地方自治体は、特定宗教の布教、宣伝のための宗教的活動および財政的支援を行ってはならない」のように、禁じられる行為の構成要件を憲法の条文として具体的に明記すべきである。このことを改憲論議の枢要なポイントとして一般の関心を呼び寄せたい。