同志社大学社会学部教授 渡辺武達

 9月11日に朝日新聞社の木村伊量社長ら幹部が記者会見し、2つの「吉田ドキュメント」をめぐる誤報について全面謝罪をした。日本のメディア界は、その話題で持ちきりである。

 吉田ドキュメントの一つは、いわゆる「慰安婦」の強制連行を自ら実行したという、自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の証言だ。朝日は証言が虚偽だったことが判明したとして、記事を取り消した。もう一つは、東京電力福島第1原発事故当時の所長、吉田昌郎氏が政府の事故調査委員会に語った調書。朝日は、入手した調書を基に、「命令違反で撤退」と報じたが、調書を読み解く過程で評価を誤ったとして、この記事も取り消した。

会見中、打ち合わせをする朝日新聞の木村伊量社長(左)と杉浦信之取締役編集担当=9月11日午後、東京都中央区

信頼、著しく低下

 メディアの報道は事実に忠実かつ謙虚でなければならない。主要新聞社と放送局が加盟する日本新聞協会編集綱領には「国民の〈知る権利〉は民主主義社会をささえる普遍の原理である」「新聞の責務は正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである」とあり、朝日新聞社の綱領も「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」と宣言している。だからこそ、報道に誤りがあれば訂正と謝罪をするのが当然であるにもかかわらず、その対応が遅きに失した朝日が、責められるのも然りである。

現実の報道には、誤りや間違いが頻繁にあるが、たいていは紙面の片隅や番組の一部でそのときだけ神妙に訂正したり、謝罪したりするだけだ。今回の問題で、メディアに対する信頼が著しく低下しているのは実に困ったことだ。

 慰安婦をめぐる「吉田証言」の虚偽はすでに明白だが、慰安所設置に軍の関与があったことは関係文書からも証明されている。国際的に伝播した誤った情報の訂正が早急に必要だ。

 それに比較すれば、「吉田調書」は取材、執筆した記者や編集者の質的劣化に直接の原因がある。調書を独自入手した朝日の記者らが「命令に背いた」と誤読したのは、あまりにも幼稚だ。「東電や政府は嘘をつき、真実を隠している」という固定観念によるミスともいえる。

 当時の民主党政権と東電の経営幹部には原発の総合的知識が乏しく、適切な事故対応ができなかったことは間違いない。実際、調書でも、原子炉への海水注入をめぐり、本店や政府の中止命令を無視して、現場判断で継続した経緯が克明に証言されている。

 ただ、同業他社がここぞとばかりに朝日をたたいているのはいかがなものか。朝日は、池上彰氏の原稿の掲載をいったん見送ったことでも厳しい批判を浴びているが、他紙でも依頼原稿を社論に合わないとしてボツにしたケースがないわけではない。

STAPをめぐる「誤報」

 メディアの“誤報”では、今だにうやむやになっている問題がある。今月13日付の新聞各紙は、「iPS細胞 世界初の移植 目の難病患者に」などと、理化学研究所による発表を大々的に報じた。それを見た大学のゼミ生の一人が筆者に、「今度の理研の発表は正しいでしょうか?」とメールしてきた。なぜなら、今年1月30日付の新聞各紙は、理研の小保方春子氏らによる新たな万能細胞の「STAP細胞」について、やはり大々的に報じたが、その後、論文に重大な疑義が生じ、取り下げられることになったためだ。

 すべての新聞社、テレビ局の当初のSTAP細胞をめぐる報道は誤報であり、ほとんどのメディアが、それによってオーディエンス(読者・視聴者)を欺いたことについて謝罪していない。なかなか訂正や謝罪をしないのは、メディア共通の体質ではないだろうか。=SANKEI EXPRESS