茂木健一郎(脳科学者)

 近年、人工知能の発展が目覚ましい。

 従来、コンピュータは人間には勝てないと言われていた分野でも、次々と人間を上回る能力を見せつけている。

「アルファ碁」との第4戦に臨む韓国人プロ棋士、李世●(石の下に乙)九段(右)
=3月13日、ソウル(グーグル提供・共同)
「アルファ碁」との第4戦に臨む韓国人プロ棋士、李世●(石の下に乙)九段(右) =3月13日、ソウル(グーグル提供・共同)
 チェスでは世界チャンピオンを破り、テレビの雑学クイズ番組では優勝者を寄せ付けず、最近では、人間に追いつくにはまだ10年はかかると言われていた囲碁の世界で、世界最高峰のプロ棋士に勝利してしまった。

 日本では、人工知能が東京大学の入試に合格することを目指す「東ロボ君」のプロジェクトが進められ、すでに全大学中8割には合格するレベルまで来ているという。

 車の自動運転技術が開発され、医療診断にも人工知能が応用されようとしている現代。これからもさまざまな分野で人工知能の開発が進められ、人間の能力が陳腐化、コモディティ化するのではないか。多くの仕事が奪われ、失業者があふれるのではないか。そのような漠然とした不安が、社会を覆い始めている。

 一つ言えることは、「知能指数」に象徴されるような、点数化できる「賢さ」をめぐる競争は終わりを告げるということである。日本では、従来、偏差値入試に象徴される、ペーパーテストの点数を争う教育がなされてきたが、人工知能でも合格できる入試の能力を競うことには、今後、意味がなくなることだろう。

 単なる「知能」ならば、水道管をひねると水が出るように、ふんだんに提供される時代が来ようとしている。ホワイトカラーの職が失われるのではないか、という懸念が生まれてくるのも、当然だろう。

 このような時代に、人間はどうしたら良いのだろうか。案外見落とされがちな領域にこそ、これからの人間が輝く可能性が潜んでいる。

 それは何かと言えば、実は人間の「個性」である。

 人間の個性は、人それぞれだ。多様な個性が共存し、響きあってこそ、豊かな社会も実現できる。ペーパーテストの点数を争う入試から脱却することを目指す近年の「AO入試」においても、面接などにおいて個性が問われている。東京大学でも、推薦入試が始まった。将来的には、個性を問う入試が、ますます広がるだろう。