著者 河合芳典

〈例えば外国人相手の日本人の教師は、外国人学生に対して、日本語の発音、文法だけでなく、語用論的な問題、たとえば日本の社会での言語行動の特徴について、日本語は相手の気持を察する高文脈言語であるといったことなども教える、つまし結果として学生をタタミゼ化する教育を積極的にしていることになります〉

 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』(新潮選書)の著者、鈴木孝夫氏によると、tatamiser(タタミゼ:畳の動詞化)とは、最近使われるようになったフランス語で、 良い意味で「日本かぶれ」「日本贔屓になる」、悪い意味では「日本ボケする」というような意味だそうです。

〈これに反して日本にいる外国人(語学)教師の多くは、むしろ彼らの文化を基準として、日本人学生がアメリカ人やフランス人のように考え行動するようになることを目標にして、学生を教育するため、自分のほうが言語的文化的に日本的になることが少ないように思われます〉

 なるほど、そうかもしれません。揉め事になると、とりあえず謝ってしまう。自分自身に非がなくても、諍(いさか)いを起こしていること自体、世間を騒がしていること自体に謝る。疑問を感じつつ、ご親切にも認めてやれるところを探してしまう。そういう子こそが、日本国内では「いい子」です。そうであれと育てられました。

 ところが大人になり、殊に海外に出てみると、それじゃダメだと叱られることになりました。国内で美徳とされたものが、国際社会においては悪癖であるかのように言われます。実際海外で暮らし彼の国の人々と渡り合うには、否が応でも日本人らしさを捨てなければならないのかもしれません。

 良い悪いではなく、そうして外国で戦ってきた人々にとって、先般の日韓合意は信じていた人に裏切られ、はしごを外されたと映っているようです。決して謝ってはいけなかった。相手の言い分を一寸たりとも認めてはいけなかった。事実、日韓外相共同記者発表にある「軍の関与の下に(with an involvement of the Japanese military authorities)」 との文言がもとで、「日本政府が、ついに軍による強制連行・性奴隷を認めて謝った」式の報道がなされたではないか、自分たちの努力は何だったのか、ということのようです。
日韓首脳会談を終え、記者の質問に答える安倍首相=2015年11月2日、ソウル市内のホテル(共同)
日韓首脳会談を終え、記者の質問に答える安倍首相=2015年11月2日、ソウル市内のホテル(共同)
 けれど今、この情勢の中、首相や外相の地位にある人が「従軍慰安婦というのは戦地売春婦で高給取りでした」と「本当のこと」を言えば、どうなるでしょう。そんなことをしても、誰にも届かないし、「歴史修正主義者」のレッテルを貼られ、信用を失い、ますます話を聞いてもらえなくなるだけではないでしょうか。政治家が自分の心情に忠実になりすぎて、世論や空気から浮いてしまっては、結局何もできなくなります。

 首相も政府も「少女達を強制連行し性奴隷にして後に20万人を殺害した」なんてことは決して認めていません。そこを押さえたうえで、精一杯アチラ側に「歩み寄って」みせ、韓国系の「運動家」たちに対する疑問が出始めたところに、それでもコチラ側から「謝って」みせました。

 人は理性だけではなく、感性というものを持ちあわせています。比重はともかく、それは人類共通です。

 首相は、理の通らぬことを飲み込み堪えて、それでも慰安婦がらみの反日運動は何としてでも終わらせるんだという、政府としての意志を示しました。その成り行きを世界が見ていたというところには、絶望だけではなく希望もあるのではないか。私はそう思っています。