著者 daponte(東京都)

 某月某日、大学(経済学部)卒業以来久方ぶりにゼミの同窓会があった。卒業以来約30年の月日が経っていた。会が予定より早く終わったので、L君がP君を誘ってもう一軒寄って行こうということになった。まあ二人とも期待していた成り行きであった。

 L君はMという上場会社の管理部門の部長である。一方P君はQ大学の経済学の先生である。二人は昔からの友人であり、また議論仲間でもあった。今日も早速始まった。

画像はイメージです
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景気がいまいちだ


(L)元気のようで、なによりだね。ところで、自民党の第2次安倍政権が発足して早や3年が過ぎてしまったが、景気が今一つで困っているよ。会社の売上も横ばいが続いていて、利益もさっぱりだ。アベノミクスは失敗だったのではないだろうか。

(P)まあ、結果から言うと、成功しているとは言えない。でもいくつか成果もあるので、失敗というのはちょっと酷のようにも思っているよ。ただ今のままでよいかというとそうではなく、早急に打開策を実行して行かねばならない。GDPは1997年度の521兆円(名目)をピークとして、2015年度は500兆円くらいであったとみられる。したがってこの間成長していないどころか20兆円も少なくなっている。これでは山積する諸問題は解決できない。どうしてもパイをある程度大きくしないと各方面の難しい問題に対処できない。

(L)いろいろな問題があるが、身近な例から考えてみたいと思う。
 わが国の自殺者数は減ってきているが、まだ年間2万人もある。国際的にみても決して少ない方ではない。このうち経済的な理由で自殺した人は4,000人位とみられている。すべてが不況のため自殺に追い込まれたとは言えないだろうが、この不況がもっと早く終わっていれば、多くの人命が救われていたと思われる。先日も乗っていた電車に飛び込みがあり痛ましい結果になってしまった。胸が痛む。
 3月10日の産経新聞の「朝の詩」という投稿覧にこんな詩が掲載されていた。  

オレのヨイトマケの唄

            盛岡市 小笠原 敏夫(83)

村一番の貧乏で

粥に水足して食っていた

三度の飯もままならず

体の弱い母ちゃんが

暑い日照りの工事場で

必死にひいてた

ヨイトマケ

オレは見ていた

母ちゃんを

握った拳ふるわせて

母ちゃん哭くな

今オレは

白米の米を食っている

三度の飯も食っている

 きっと大東亜戦争直後の大変な時代の一場面だったと思われる。しかし、読むのも辛い詩だなぁ。作者は本当に悔しくて悔しくて拳をふるわせて泣いていたに違いない。でもこの作者は今では白米の飯を三度食べている。ところが、現在わが国では6人に1人の子供が満足に食事を与えられていないという信じられないような事態が起きている。P君、どうかね。GDP世界第3位の国でこんな馬鹿なことがあってもいいものだろうか。

 この国のデフレが20年も続いているのは偶然でも何でもない。われわれ国民一人ひとりが関わって起きていることだ。とくに政治家を始めとして官僚・中央銀行幹部などの為政者、さらには経済界の重鎮・幹部、経済学者、エコノミストなどの責任は重い。

(P)まったく同感だ。経済の話をしているとついつい現実を忘れていることがある。君の言うとおり、経済は「生きる」という人間のもっとも根源的なことを支えていることをいつも頭に置いていることが大切だ。関係するそれぞれの人や組織が知恵を絞って対策を練り、実行していかなければならない。どんな事情があるにせよ毎日の食事に不自由する子供がこんなに沢山いるのは絶対放置できない。こんなことは一日も早く終わらせなければならない。
 このように不況のために何十万、何百万の人々が悩み、苦しんでいる現実は関係者の無知および属している組織の利益擁護・追求からくる無策あるいは施策の誤りの結果だという見方もできる。もちろんわれわれ学者も関係者の例外ではない。