三宮幸子

すべて反対意見


 6月から集団的自衛権行使容認の閣議決定までの1カ月間、朝日新聞だけを読んでみました。

 誰に強要されたわけでもないのに、なぜそんな“暴挙”(のちに“暴挙”だと思った理由を挙げます)に出たか。戦中、戦争を煽った朝日が「戦争になる」と言っている。一度、じっくりご意見を聞いてみようと思ったわけです。

 6月に入ってからは、多くの方が指摘されているとおり、1面から社説、天声人語、社会面まで使った「集団的自衛権反対! 大キャンペーン」紙と化しました。

 朝日しか読んでいないと、当然、その大キャンペーンに乗せられることになります。

 なかでも私自身が影響を受けてしまったのは、じつは声欄です。

 社説で喚いたり、天声人語で皮肉ったりするよりも、この声欄がいちばん「普通の人」に対しては効くと思います。かくいう私にも効きました。

 声欄には、本当にこんな人たちが投書を送ってくるのだろうか、と疑いたくなるくらい、戦争体験者、教師、大学教授、主婦、小学生等々、ありとあらゆる立場からの集団的自衛権「反対論」が繰り広げられました。6月からの1カ月で、集団的自衛権に繋がる「声」は60近く掲載されましたが、そのほぼすべてが「反対」。中間的と言える意見は二つくらい。7月4日になって、アリバイ的に〈説得力欠ける護憲派の反対論〉を一つ載せていました。

 たとえば、非常に朝日的な「声」に次のようなものがありますので、ごく一部をご紹介。ほんの序の口です。

 〈不測の事態回避へ信頼関係を〉(無職58)
 
 〈憲法は国民を守る警告の碑文〉(校正業52) 

 〈自衛隊を「緊急災害平和隊」に〉(無職68)

 〈思い出すイラクでの日本人犠牲〉(大学生28) 

 〈民意と違う首相の進め方に疑問〉(看護師44)

 たとえば〈不測の事態……〉は、こう書き出します。

 〈東シナ海の日中中間線付近を監視飛行していた自衛隊機に、中国の戦闘機が異常接近した。極めて危険な行為だ。昨年は、中国の軍艦が海上自衛隊の護衛艦などに火器管制レーダーを照射したこともあった。度重なる危険行為は重大事故を誘発しかねない。政府は、事前に回避できるよう外交努力で信頼関係の構築に取り組むべきだ〉

 「極めて危険な行為だ」と書きながらも「政府は(中略)外交努力で信頼関係の構築に取り組むべきだ」とのロジックは、朝日そのものではないですか。

 どんなに抗議しても、日本の領土を「核心的利益」と言い、領海侵入、さらに自衛隊機に体当たりしてくるほどになっているから現在、日本は困っているわけです。

 最後はこうです。

 〈安倍晋三首相は、習近平主席とトップレベルで意思疎通を図るべきだ。その上で、中国軍の行為は戦争につながりかねない行為だと国際世論に訴えていくべきではないか。集団的自衛権を前面に出すばかりでは戦争回避は遠のくばかりだ〉

 対話のドアはオープンにしている、とずっと安倍総理は言っておられるわけですが……これも朝日の主張そのものです。

戦争体験を巧みに使う


 さて、先に挙げたような「声」は朝日の社説と見紛うようなものなので、普段、その他の情報に触れていれば読んだからといって影響されません。

 では、どのようなものが効いてくるか。それは「語り継ぐ戦争」シリーズに代表されるお年寄りの話です。

 〈「前線俳句」に哀切さと感嘆と〉(無職83) 

 〈旧満州で1年余の逃亡生活〉(無職88) 

 〈悲惨な体験語るのが私の使命〉(無職84)
 
 〈戦死した少年隊員からの手紙〉(無職80) 

 これらはすべて、6月17日に掲載されました。

 たとえば、〈悲惨な体験語るのが私の使命〉は次のようなものです。

 〈45年8月7日のことです。愛知県豊川市にあった豊川海軍工廠で米軍の大空襲に遭いました。私は14歳。学業半ばにして学徒動員中でした。B29のすさまじい攻撃は、朝の10時13分から26分間も続きました。(中略)/午前中に働き、午後から帰省することを楽しみにしていた同じ年の道子さんは戻ってきませんでした。/翌日、道子さんを探しに工廠に向かいました。路上には焼けただれた遺体が転がり、防空壕では学生たちが折り重なって窒息していました。道子さんはついに見つかりませんでした〉 

 〈戦死した少年隊員からの手紙〉は、海軍特攻基地近くで少年隊員を慰労した家族が、戦後、少年隊員の両親から彼の手紙を見せてもらう話です。

 これらの「声」は、「戦争」の残酷さや失ってしまった命への悲しみを思い出させます。

 〈「前線俳句」に哀切さと感嘆と〉はこうです。 

 〈天気予報で「南の海上に梅雨前線が停滞し……」などと聞くと、反射的に「銀翼連ねて南の前線」と歌っていたのを思い出す。戦意高揚歌「ラバウル海軍航空隊」の歌い出しである〉

 こう始まる投書はご自身の体験を交えつつ、「歌を用いて士気を奮いたたせようとする教育がなされていた」などとチクリと刺し、さらに最前線の兵士が詠んでいた「前線俳句」について語る。

 締めくくりはこうきます。 

 〈平和国家・日本は新たな「南の前線」を展開することを考えてはならない。再び前線基地を設けてはならない。前途ある若者に、前線俳句を詠ませてはならない。「前線」は桜前線、梅雨前線、秋雨前線、紅葉前線で十分だ〉 

 こじつけ風で、うますぎるところに疑問があると言えばあるのですが、他にもこのレベルのものがある。本当に素人の投書なのか? 

 それはさておき、戦争体験者からのこのような「声」を読むと、「ああ、戦争はしたくないな」とやはり思います。戦争は誰だってしたくない。当たり前だ。

 そして、この日の1面には、この見出しなのです。

 〈閣議決定案 公明が難色 「生命・自由覆されるおそれ」 集団的自衛権〉

 そうでなくても毎日、「反対」の声と「大反対」の紙面づくり。

 その文脈で、おじいさんの「声」。

 すると、

 「安倍政権はなんと取り返しのつかないことをしようとしているのか」 「また前線俳句を詠む若者が出るのだ、安倍政権のせいで!」 

 こうなります、確実に。集団的自衛権と戦争、安倍政権と戦争が繋がる。

 私自身が危うくそうなりかけていました(笑)。

 普段、私は朝日新聞だけを読んでいるわけではありませんが、この1カ月、朝日新聞以外はほぼシャットアウトしていましたので、これらを読むとだんだん「歯止め」がかからないことが不安になってきます。 ドラマに自身を重ねる」

 お母さんたちの「声」というものもありました。

 〈息子を戦場に送りたくない〉(主婦47) 

 〈平和守るため4人で活動開始〉(主婦63)

 〈徴兵制なんて考えすぎですか〉(パート55)

 〈「人を殺さない」が憲法の原点〉(主婦65)

 〈子どもたちが銃をとらないように〉(パート42) 

 〈息子を戦場に送りたくない〉は、かなり想像力逞しい。 

 〈だが、最近取り沙汰されている憲法改正や集団的自衛権の行使容認、さらに徴兵制の話まで飛び出してくるに至って、日本の平和はついえてしまうのではないかという不安に日々さいなまれている。/中学生の我が息子が近い将来戦争に行って、人を殺めたり、殺められたりするかもしれないと考えただけで、胸が押しつぶされそうになる。小説やテレビドラマで息子の出征を見送る母親の悲哀を数多く目にしてきたが、その悲しみや苦しみを本当には理解していなかったらしい〉

  「人を殺める」ねえ。いくらなんでも小説やテレビドラマにご自身を重ねるのは酔いすぎではないか、とも思いますが、朝日新聞を読んでいればそれも致し方なし、と同情します。しかし、この「声」は次々と想像力逞しい人を生み出してしまいました。 〈平和守るため4人で活動開始〉の方。

 〈「息子を戦場に送りたくない」と「9条平和賞 署名集め続ける」を読み、まさに私たちと同じ思いの人がいらっしゃるんだと心強く思いました。/私を含めた近所の主婦仲間4人が、4月に集まりました。何かできないかと話し合って「4人から始める本気の会」を発足させました。(中略)/「憲法9条にノーベル平和賞を」の署名活動があることを知り、実行委員の方と連絡を取って署名集めを始めました。(中略)/自分たちのできる方法で、声を上げてみませんか〉 

 さらにどんどん拡がりそうな……と思いながらふと年齢を見ると、この方、63歳。「息子を戦場に送りたくない」に同じ思いとのことですが、さてはて、ご子息はいったいおいくつなのでしょうか? 

 福島原発事故前よりも東京の放射線量が低くなっている事実が信じられないお母さんたちと、子を思う親の気持ちは同じ。ただ、情報のスジが悪いだけです。 

著名な作家も投書 


 教師の「声」も多い。 

 〈人殺しを命じられる身を考えて〉(大学名誉教授91) 

 〈集団的自衛権よりも子育て支援〉(中学校教員57)

 〈「慰霊の日」に平和かみしめよう〉(高校非常勤講師52)

 〈民間人を殺す危険性も議論を〉(高校講師54) 

 特に、おどろおどろしく集団的自衛権と「戦争」を重ね合わせるのが「教師」の「声」です。

 また、専門家軍団の「声」もあった。

 〈信頼損なう集団的自衛権行使〉(NGO職員38)

 〈集団的自衛権、国民の声を聞け〉(県議74) 

 〈憲法9条が日本を守ってきた〉(作家81)

 〈閣議決定は違憲で無効です〉(弁護士71) 

 さらりと入る「作家」は、ただの作家ではありません。あの森村誠一さんです。『人間の証明』で著名ですが、『悪魔の飽食』で731部隊の嘘をでっち上げて日本軍を貶めた方です。 

 〈安倍政権はなぜ、解釈改憲で集団的自衛権を使えるようにする閣議決定を急ぐのでしょうか〉

 〈平和とは「戦争がない」だけでなく、戦争を許さない安全保障構造が確立していることです。戦争の過ちを学習した日本の場合、9条を核とした平和憲法がそれにあたります。安倍首相は日本が学んだことを忘れ、中国の挑発に乗っているようです。首相は権力を私物化するのではなく、国の看板である平和主義を守る責任があります〉

  「九条の会」と同じですね。『悪魔の飽食』に見られるように、「日本軍は悪」だから「戦争を許さない安全保障構造」が必要だということでしょう。普通に考えれば、「戦争を許さない安全保障構造」は日本だけが持っていても仕方ないと思うのですが。

コバンザメを正当化 


 投書とは離れますが、この「日本軍は悪」「日本だけが悪い」という思想は、朝日新聞のあちらこちらに出てきます。7月1日の「社説余滴」、〈南シナ海、波高し〉は面白かった。国際社説担当の村上太輝夫氏によります。 

 〈南シナ海の西沙諸島沖に、中国の国有石油企業が石油掘削装置を運び込み、ベトナムとの間で摩擦を引き起こしているためだ。/6月中旬、日中の有識者が両国関係の改善策を話し合う会合に同席する機会があった。時節柄、日本側が「ベトナムのような国をいじめるのは大国にふさわしくない振る舞いだ」と指摘した。/反論は強烈だった。「米国が中国の台頭を邪魔していることが問題の根本にある」〉 
 不思議なのですが、ベトナムの話だとすんなり中国の「いじめ」を認識できるわけです。しかも続けて、こう書いています。

 〈この問題で私は「中国は力で押し通すな」と社説に書いたが、とても通じそうにない。溝は相当深い。中国側主張の起点には、南シナ海は我々の海だという認識がある〉

 「とても通じそうにない」(笑)。 

 だから日本も困っているわけですよ、朝日さん。

  驚いたのは7月2日以降。朝日新聞は閣議決定後、やることがなくなったのか、『アエラ』的とも言えるキャッチーな広告的手法に突き進むことになります。

 『アエラ』的表現でいちばん面白く読んだのは、7月4日にオピニオン欄に掲載された「コバンザメで悪いか」という題字の特集。

 リードにはこうあります。 

 〈強いものにくっついているだけではダメだ、対等に助け合うようになろう──。そんな声が高まる今だからこそ、小さな体でしたたかに生き抜くコバンザメに学んでみませんか〉

 これはすごい。「コバンザメ」の正当化です。

 「コバンザメ」って、いわゆる「コバンザメ商法」と言われるように、悪い意味で使われることが多いかと思いますが、逆転の発想。意表を突く広告的手法で長期戦略、啓蒙活動に切り替えたか。

 もう一つ、同じ文脈のものに、7月6日に掲載された〈「草食の国柄」を捨て去る軽挙〉があります。こちらは特別編集委員・冨永格氏によるものです。

 冨永氏はこう言います。

 〈戦後日本は、他国との関係において肉食より草食、さらにいえば植物的な生き方を選んだ。静かに誇り高く、周りと仲良く、世界のために……。

 「遅れて来た肉食獣」として滅んだ反省が原点だった〉

 さすがにここまでの表現をされると、「集団的自衛権=戦争」となりかけていた私も目が覚めるというものです。面白いんですか、これ? 

 〈草食の国柄はどうにか70年ほど続いた。だが肉食系の国々に囲まれ、フツーの国への誘惑は断ちがたいらしい。安倍晋三首相は姑息な手で国の性格を変えようとしている。支持率を読み違えた「満腹のおごり」にみえる。/世界が敬い、時代の先を行く国柄を捨て去り、日本はどこへ向かうのか。幾多の命と引き換えに得た9条、たかが強権国家の挑発と相殺するのは忍びない。一国の政治史ではなく、人類史に刻まれる軽挙である〉

 ギャグなのかマジなのかわかりませんが、ただ、朝日新聞の言っていることはこの1カ月間、ともに過ごした私にはよくわかります。

 「九条」という世界に燦然と輝く唯一無二の「平和憲法」を崩してはいけない、ダチョウのことも考えてみたけれども「コバンザメ」がいいね! キーワードは「草食」だ! 

 ……“気分”としては、「九条」のためなら「死ねる」感じでしょうか。「フツーの国」を嘲笑うのも最近の論調です。

現実を見ない朝日


 この1カ月、声欄も含めて「戦争こわい~」「徴兵制~」「子供が死ぬ~」「安倍政権はひどい~」の大合唱。集団的自衛権を、「戦争」の惨さと力業で直接結びつける「紙面づくり」はすごかった。後遺症はありますが、7月2日から「洗脳」が解けた人間として、一言。

 冒頭で申し上げましたが、朝日新聞だけを読むことの何が“暴挙”だったか。

 これは確信を持って言えますが、朝日だけを読んでいると日本の置かれている状況がまったくわからなくなるということです。いま、南シナ海、東シナ海で起こっていることは、先の「草食」原稿がいう「たかが強権国家の挑発」なのか。

 なぜ、国際法も踏みつける隣国の横暴には触れず、それに対する現実的対処法も示さず、「閣議決定」で戦争になると言い続けているのか。

 朝日新聞だけを読んでいると、この間の隣国の振る舞いは幻だったのかと思えてきます。

 国際面では朝日といえども、現在ただいま戦争をしている地域について報じています。

 にもかかわらず、「コバンザメ」で「草食」なら戦争を避けられると言い、その根拠は示されません。いままでそれでやってきたのだから大丈夫だ、と言うのです。

 ちなみに、朝日新聞を読んでいると「抑止力」というものがまったく語られません。『WiLL』などは一所懸命、抑止力について語っておられますが、それを朝日新聞やその読者に説いても、そもそも抑止力というものを受け入れたくも見たくもないわけですから、何の効果もない。

 彼らは「九条」こそが“抑止”になると言っているのです。どこまでいっても折り合えない、わかり合えないでしょう。

 この1カ月間の総評は、「朝日新聞は恐ろしく楽観的である」。

 朝日という「オピニオン紙」は徹底した「現実無視」で貫かれています。現実無視で「九条を守れば大丈夫」というのですから、楽観主義と言わざるを得ない。

 朝日につきあっているうちに、日本が戦地になるのでは? という不安が拭えません。

 戦前の反省をするならば、自分たちが「戦争を煽った」という「結果」ではなく、その「原因」である「事実を報じなかった」ことを反省すべきだと思います。