秦郁彦(現代史家)

 4月1日に女性活躍推進法という耳慣れぬ法律が発効したらしい。「女だって活躍したい」というポスターも見かけた。何にせよ女権の拡張、女子力の向上ぶりは目を見張るものがある。「男に追いつけ」から「男を追い越せ」の段階に入ったのかもしれない。

圧力を増す「差別」撤廃運動


 しかし女性弁護士や非政府組織(NGO)の急進的フェミニスト運動家たちが満足する気配はない。法的・形式的差別がほぼ解消したので、彼らは標的を実質的差別の是正、例えば女性議員・大臣の比率、民法の夫婦同姓条項など、機会は均等に見えても結果的に格差が残っている分野へ移した。一方では「弱者」に入る女性の保護規定を強化せよ、とも主張する。

 さらに政府や裁判所を正面から攻めても、もはや見込み薄と判断してか、国連の人権部門、なかでも女子差別撤廃委員会(以後は撤廃委と略称)を通じ日本政府に圧力をかけ、呼応して国内でも押す迂回(うかい)戦術に訴えた。その成果は目覚ましいものがある。

 最近まで、女子差別撤廃条約に関心を持つ人は少なかったが、日本がこの条約に批准したのは1985年である。ただし司法の判決に不服な個人が、直接、撤廃委に持ち込める個人通報制には加入を見合わせた。

 2008年、外務省は林陽子弁護士を撤廃委の委員に任命し、3選を重ねている。政府の信頼が厚かったとみえるが、見当違いだったことは後述のハプニングで露見した。林氏は任命時の挨拶(あいさつ)で「自国の政府から独立して行動する」と表明し、委員の間でもそれを公言して出身国の意向に沿わざるを得ない委員たちの羨望と期待を集め、15年に23人の委員の互選で委員長に選出された。

 彼女は11年に刊行した著書のなかで、撤廃委の勧告は日本の国内法より優越するので夫婦別姓の勧告に従い民法改正は義務だとか、個人通報制に加入すべきだと主張しているが、委員就任後は国内活動は自粛し、国連を通じての活動に専念したようだ。

NGO路線に乗った撤廃委


 そもそも北朝鮮の制裁問題が空回りしているように、国連には主権国家に対する法的拘束力はない。アメリカは撤廃委に加入せず、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の分担金を払っていないし、加入国の多くは内政干渉めいた勧告は無視している。

 ところが国連信仰が根強く、優等生の定評があるわが国は撤廃委の勧告に過敏で、国内法の改正に向け律義に取り組み、実現しないときも努力した経過を低姿勢で言い訳してきた。

 今年も撤廃委の勧告に先立つ対日審査に、日本政府は関係省庁が30人近い大代表団をジュネーブの国連欧州本部に送り込んだ。日本の人権NGOも大挙して乗り込み、撤廃委へのロビー活動に駆け回った。
スイス・ジュネーブの国連欧州本部
スイス・ジュネーブの国連欧州本部
 撤廃委の判定である「最終見解」が公表されたのは3月7日である。57項目にのぼる勧告の多くは前回(2009年)のダメ押しで、夫婦別姓の実現、セクハラ、女子高生の援助交際まで多岐に及んだ。もっとも注目されたのは慰安婦問題であったが、日本政府の言い分はほとんど無視され、昨年末の日韓合意は「被害者中心のアプローチが不十分だ」とばっさり斬り捨てられた。

 10日の人権理事会でもトップのザイド高等弁務官が同調する声明を出している。総括すると、撤廃委は、韓国のNGO(挺身隊問題対策協議会)や、共闘する日本NGOの路線に乗ったと評せよう。

記者会見を開き事情説明を


 そのうえ、最終段階で想定外のハプニングが起きた。最終見解(案)に前兆もなしに、皇位継承権が男系男子の皇族だけなのは女性差別だから、女系女子(男系女子である愛子内親王の長女を想定?)にも継承権を与えるよう皇室典範を改正すべきだという条項が入ったのである。

 数日前にこの案を示されて仰天した政府は、現地の公使を通じ撤廃委の鄒暁巧副委員長へ削除するよう申し入れた。産経新聞の報道によると、内容は変更できないが伝えておくとの返事だったところ、3月7日の最終見解では消えていた。ではこの条項を入れ込もうと発案したのは誰か。

 撤廃委は取材を拒否しているので推測するしかない。ただ、中国の鄒委員か林委員長以外には、日本人でも理解困難な女系女性に思い及ぶ委員は見当たらない。

 いずれにせよ、日本国憲法第1章と下位法の皇室典範に土足で踏み入る内政、家庭内干渉だから、委員長は職権で事前に排除できたはずだ。

 さすがに林氏への不満は各界から噴出した。3月17日、片山さつき議員は参議院の委員会で過去の反政府的言動に触れ、彼女を撤廃委の委員に推した外務省の責任を追及した。複数の民間団体は林氏の国会喚問、即時リコールを決議している。彼女は沈黙を守ったままだが、記者会見を開き、事情説明するよう望みたい。