北尾吉孝(SBIホールディングス代表取締役 執行役員社長)

 今後の教育の在り方を構想するに此の21世紀、日本という国がどういう世界を創って行くのかが先ず第一にあり、その為どういう教育体制を敷いて行くのかを考えるべきでありましょう。

 私には、日本人のスケールが年年小さくなってきているのではと感じられてなりません。それは、「日本教職員組合(日教組)」が多分に害を及ぼしてきた戦後日本の教育体制が、日本民族の特質や我国の歴史・伝統といったものを踏まえ、独創性を重んじた物の見方・考え方を育てるようなものになっていない、という部分に根本的な問題があるのだと思っています。
 これまでも私は、日本の小中高を通じての所謂「暗記教育」に対し、当ブログでも度々批判的見解を述べてきました。それは、丸暗記というのを一概に否定するものでなく、要は暗記とテクニックで高得点を稼ぎ得る、英国社数理中心のペーパー試験偏重体制に大きな疑問を感じるからです。

 ある意味答えのない問題に対し如何に答えを出して行くかというところで、その人の思考力や知恵といったものが最も顕れてくるわけです。教科書を絶対的基準として教科書の記載事項を暗記するだけで大体点数が取れるという画一化した教育から、日本は一刻も早く脱しなければなりません。

 初代ドイツ帝国宰相のビスマルクも、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言っています。そういう歴史を学び一つの大きな歴史観を持って物を考えて行くという姿勢が、戦後教育の中で非常に御粗末に扱われ等閑になってきたのではと思われます。

 嘗ても『歴史・哲学の重要性』(11年6月2日)につきブログを書いたことがありますが、私の経営の発想にあっても実は哲学や歴史から学ぶことが物凄くあります。現在のように歴史観を殆ど養い得ずオリジナリティを啓発し得ない教育が今後も続けられ行くようであれば、日本人の思考力や知恵といったものが十分に発揮され行くことはないでしょう。

 歴史や哲学あるいは「人間如何に生くべきか」といった基本をきちっと学び、人物を育てるような教育体制を早急に確立して行かねばなりません。人間的魅力がどこから出るのかと言えば、社会性を十分に認識した上での正しい倫理的価値観を有した主体的な考え方や生き方です。そうした類を磨かねば、人間的な魅力は出ないのです。その魅力が出てきて初めて周りに人が集まるようになり、何らか事を成し遂げることも出来るようになるのです。