細川珠生(政治ジャーナリスト)

 「政権のメディアへの圧力」が国内外で問題視されているようだ。メディアの一端に身を置いて20年超が経つが、仕事を始めた当初からフリーランスで活動してきた私は、報道機関に属す記者等とは、問題意識も多少異なると思っている。正直、「メディア=報道機関」への圧力という点においては実感がないし、本当にあるのかどうかも、私自身はわからない。

評論家の細川隆元氏 =昭和57年10月29日
 とはいえ、フリーランスで活動しているものが、その対象外であるということもないだろう。フリーランスは自分自身の活動の一回一回が評価の対象になっているという思いで活動しているので、ある意味、「世の中からの圧力」を常に受けているという感覚である。自分が何を、どんな目的を持って伝えていくかことについて、かなり真剣に考えて一つ一つの仕事に取り組んでいる。一回の失敗が命取りになるという意識でいるので、安易な妥協はしない。しかし、「使っていただく身」としては協調も大事であり、自分の思いだけでは仕事は成り立たたないことも、フリーランスの身でありながらも実感することでもある。

 さて、私自身の「最初からフリーランス」という経歴は、少し特殊だとは思うが、同じような経歴を持つフリーのジャーナリストの先輩をお手本にしてきた。最も身近で見てきたのは、父の細川隆一郎であり、大叔父の細川隆元である。二人とも、「毒舌」「辛口」などと評されることが多いが、それだけ、政治に対し、政権に対し、また現職の総理大臣に対しても、容赦ない力強い評論活動をしてきた。大叔父の隆元は、TBS開局時に始まった「時事放談」でお茶の間をお騒がせしてきたが、放送内容によっては、局が何らかの勢力(政権ということではなく)に取り囲まれるような騒ぎ、番組への苦情なども多々あったと聞く。しかし、その時には社を上げて、番組を守り、出演者を守ってくれたという強い意志があったと、父・隆一郎から、その様子を聞いたことがある。また父も、特に時の総理大臣に厳しい評論を行っていたが、そのことによって活動が制限をされることは一度もなかったと、娘としても記憶している。二人とも故人となった今、その時々の詳細を確かめることはできないが、言論人として、メディア人としての強い覚悟、それを支える報道機関の信念が感じられるエピソードとして、私自身がこれまでフリーランスで活動する中で、幾度となく思い起こされ、勇気づけられた体験談なのである。