本田康博(証券アナリスト・馬主・個人投資家)

 先月、フランスを拠点とするNGO「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング(Press Freedom Ranking 2016)」発表に数日遅れ、米国NGO「フリーダムハウス」が類似の指標である「報道の自由度(Freedom of the Press 2016)」を発表した。

2つのランキングを比較する


 国境なき記者団のランキングは日本の多くのニュース・メディアがセンセーショナルに報道したので、ご存知の方は多いと思う。先進国であるはずの日本が報道の自由度で180カ国中72位(前年61位)と低位にランクされたというニュースは、確かにインパクトがあった。

 一方、同時期に発表されたフリーダムハウスの報道の自由度については日本ではあまり報道されなかったので、知らない人が多いかもしれない。

 Googleトレンドのスコアではフリーダムハウスが国境なき記者団を圧倒するように、グローバルな認知度ではむしろフリーダムハウスの方が高いとも言えるのだが、日本が全体の44位というフリーダムハウスの結果は良くも悪くもない印象で、ニュースとして扱うには平凡に過ぎたのだろう。

 フリーダムハウスのランキングは、ツバルやソロモン諸島等の小国を網羅し、国境なき記者団が一まとめに扱う東カリブ諸国機構(OECS)についてもその構成国をそれぞれ別個に評価していることから、実は評価対象が20カ国も多く、両者を比較するにはまずここを調整しなくてはならない。

 両者がどちらもカバーする評価対象は179カ国。その中での日本の順位は、フリーダムハウスが33位、国境なき記者団は変わらず72位だ。72位 vs 44位でも印象はかなり違ったが、72位 vs 33位となれば、違いはさらに際立つ。

 では、どちらかの「報道の自由度」が偏っているのだろうか?

偏りがあるのは当たり前


 「報道の自由度(ランキング)」はどちらも偏っているし、そうなるのは当然のことだと言うのが、私の見方だ。こうした定性的な評価に基づく指標には、ランキング作成者の「価値観」が必ず反映されるからだ。

 両者の評価手順を比べると、NGO自身が事前に決めた基準に従い専門の分析者が評価するフリーダムハウスに対し、国境なき記者団では当該国の関係者数十名程度のアンケート結果を数式に当てはめて評価値を算出するという違いがある。設定する評価基準や数式をどう決めるか、アンケート回答者として誰を選ぶか等によって、それぞれの組織の価値観が反映される。

 評価のプロセスに価値観が反映される以上、そこに相応の偏りが生まれるのは自然なことなのだが、そうした偏りは、両者の評価点の分布によく表れている。

 下図では、各国の評価点の平均からの距離を標準偏差の倍率として表し、その分布を比較している。
 オレンジ棒が示すフリーダムハウスの評価点は、均一に近い平たい分布だ。基準に従い専門の分析者が評価を行うやり方は、分布を平均的に散らすような調整に向いているのだろう。

 他方、青棒が示す国境なき記者団の評価点は、尖度が大きめの分布だ。尖度とは、確率分布の特徴を表す指標の一つで、尖度が大きい分布は中心が鋭く尖る一方、厚く長く伸びた裾を持つ。いわゆるファットテールだ。

 左右の非対称性も国境なき記者団の特徴で、低評価方向にのみテールが長く伸びている。多くの国が平均近くに集まる中、一部の低評価の国を特に低く評価した分布だと言えるだろう。平均周辺に多く集中するのは、十分に組織展開できない国ではアンケート協力者を確保しづらい、といった事情があるのかもしれない。