Japan In-depth 編集部(Emi)

 「過ちは繰り返しませぬから」と刻まれた原爆死没者の慰霊碑に現職のアメリカ大統領が献花することになれば、それは核を巡る歴史的な瞬間となるだろう。

 謝罪なのか、謝罪ではないのか、政治的パフォーマンスなのか、現職の大統領として初めてとなるオバマ大統領の広島訪問は様々な視点で語られるが、日米の間に横たわる長い「戦後」の歴史に刻まれる大きな出来事には違いない。就任当初の2009年のチェコ・プラハでの演説で「核なき世界」を提唱したオバマ大統領は、被爆地で何を語るのか。

 「世界中の人々とりわけ為政者は、広島に来て被爆の実相に触れて欲しい。」
 広島市などは、国内外にこの思いを発信してきた。「実相」というのはあまり聞きなれない表現だと思うが、広島では原爆の被害や実態の全容を指す表現として一般的に使われる。被爆の「影響」、「様子」、「現実」、そんな言葉では表現しきれない、原爆のあまりに残酷で深い苦しみを指した言葉だ。そして世界の「為政者」の中でも、最も強い思いで訪問を願っていたのが、言うまでもなく原爆を投下したアメリカの大統領だ。

 「核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的な責任がある。」

 2009年、プラハ演説でこう述べ、「核なき世界」を提唱したオバマ大統領は、ノーベル平和賞を受賞した。具体的な実績がない中での受賞は異例とも言えたが、今後の行動への期待や、核兵器廃絶への機運の高まりを後押しする受賞との見方が広がった。

 その期待感は、もちろん広島にも広がった。

 当時の広島市の秋葉忠利市長は、オバマ大統領と「多数派」を意味するマジョリティーという言葉を合わせた「オバマジョリティー」なる造語を掲げ、オバマ大統領に賛同するキャンペーンを市の事業として展開したほどだ。被爆者団体からも「オバマさんに広島に来て欲しい。」という声を聞くようになった。

 しかしその期待感は、徐々に薄らいでいくことになる。

 「核なき世界」を掲げた翌年の2010年9月には、オバマ政権下で初めて核爆発を伴わない臨界前核実験を実施し、核戦力を維持する姿勢を示した。

 更に近年では、「Zマシン」というエックス線発生装置を使い、プルトニウムの反応を調べる新しいタイプの実験を繰り返している。被爆者団体などは、これを「新型の核実験だ。」として、抗議の声をあげた。

 「あのノーベル平和賞受賞は何だったのか?」

 去年、被爆から70年の節目の年にニューヨークで開かれたNPT・核拡散防止条約再検討会議も、核軍縮の停滞を感じさせるものだった。アメリカは、今後の核軍縮の取り組みを示す最終文書に盛り込まれた中東の非核化を巡る内容に反対し、会議は「決裂」という最悪の結果に終わった。5年に一度開かれるNPT再検討会議が最終文書の採択に失敗したのは、2005年以来のことだった。

 プラハ演説の中で、オバマ大統領は確かに「アメリカは核兵器のない世界の平和と安全を追求する。」と述べた。しかし「この目標は直ちに達成される訳ではない。私の生きているうちは無理であろう。」と続けている。