松野弘(千葉商科大学人間社会学部教授、早稲田大学スポーツビジネス研究所・スポーツCSR研究会会長)

「111兆円市場」の巨大化したスポーツ資本主義


 2013年8月にフランスで刊行され、まず欧州で評判となり、次いで日本でも2014年12月に邦訳版が刊行された、フランスの経済学者のトーマス・ピケティの『21世紀の資本』(山形浩生他訳、みすず書房)が世界で大評判のベストセラーとなったことは記憶に新しいことである。あのリーマン・ショック以降、崩壊したと思われた「バブル経済」が復活し、富裕層と貧困層の拡大を進化させ、「所得格差」が社会問題化したからこそ、資本主義のあり方を問題とするこの本が話題となったのである。

 これをスポーツの世界に置き換えてみると、前近代社会(封建社会)では、狩猟・乗馬等のスポ-ツ(気晴らし)は貴族階級の娯楽であったのに対して、産業革命によって近代産業社会(資本主義社会)が登場したことが歴史的背景としてあげられる。その結果、労働者階級にも労働の対価や精神的・身体的な余暇としてのスポ-ツが普及してきたことが娯楽としてのスポ-ツをビジネスに変換させるという、スポ-ツビジネス市場を出現させたのである。ここに、労働者階級のためのスポ-ツとしての競馬・サッカ-などのギャンブルの対象となるような新しい資本主義的なスポ-ツが登場したのである。
 翻って、現代のスポーツ界を見てみると、私たち一般大衆にとって、労働の後の娯楽としてあったスポーツのビジネス化はさらに加速化して、2017年に世界のスポーツ関連市場が111兆円という巨大な市場を形成すると予測されている(ニッセイアセットマネジメント資料、「ファンドマネージャーに聞く、スポーツ関連市場の魅力と投資戦略」)。このように、今や「スポーツ資本主義」(Sports Capitalism)というべき怪物を誕生させているのだ。ここでいう「スポーツ資本主義」とは、「スポーツ・ステイクホルダー(スポーツ市場の利害関係者-国際的なスポーツ組織・スポーツ用具メーカー・スポーツ支援企業群・スポーツファン等)がスポーツ市場に資本を投下して形成される社会経済システムのこと」である。

 人間の飽くなき物質欲はスポーツビジネス市場を拡大・増殖させるだけでなく、あらゆる組織のトップリーダーやその部下が自己利益のためにさまざまな不正な行為をするのが昔からの常套手段だ。世界で大騒ぎをしている国際サッカー連盟(FIFA)の役員の不正賄賂問題、五輪の開催地決定をめぐる国際オリンピック連盟(IOC)の役員に対する賄賂問題、世界アンチ・ドーピング連盟(WADA)によるロシアの陸上競技選手によるロンドン五輪のメダル獲得者のドーピング問題等、スポーツをめぐる不正な問題は枚挙にいとまがない。これはスポーツにおける「競技者間の競争原理」がスポーツビジネス市場をめぐるスポーツ・ステイクホルダー間の利益の争奪戦という、「資本主義的な競争原理」に変質していることを意味している。スポーツが「DO Sports」(実践のためのスポーツ)から、「Spectacle Sports」(見て楽しむスポーツ)に変化し、数多くの観客が楽しむための装置としてのマスメディア(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)が出現したことがスポーツビジネス市場を拡大させる大きな要因の一つとなったといえるだろう。

 ここに、スポーツ・ステイクホルダーを巻き込んだ「腐敗の温床」が生まれ、IOCや他の競技団体の国際組織における「金銭をめぐる腐敗の構造」が構築されていったのである。