杉山淳一(フリーランスライター)


不心得者には鉄道ファンも迷惑している

 撮り鉄に限らず、マナー問題を論じるときに心得るべき前提がある。

 マナー論議に参加する人々の多くはマナーに関心があり、マナーをわきまえない不心得者は初めからマナー論議に参加すらしていない。

 パソコン通信時代からマナー論議にしばしば遭遇した。なかには熱が入りすぎて炎上する場面も目撃した。未熟な私自身が参加者だったこともある。その経験から振り返れば、たいていはマナーのあり方や改善手法の対立であった。マナー論議の参加者は、常識人からマナーマニアのような人々まで、ほぼすべてマナーに関心がある。しかし、そこに不心得者はいない。だから、いつまでたっても、マナー議論の内容は不心得者には伝わらない。

 議論好き同士が繰り返す論戦は、単なる議論エンターテイメントである。やがて本題を外れて議論のマナーにすり替わり、揚げ足取りの応酬になる。それも不心得者の蚊帳の外だ。そこに気づき、時間の無駄だと悟った者からマナー談義を離脱していき、炎上は収まる。結局、不心得者は野放しのままだ。また同じことが起きる。

 しかし、不心得者により迷惑を受ける側としては、なんとか解決したい。どうしたらいいかといえば簡単な話で、違法行為に及んだ者を処罰し、反省させ、更正させればいい。被害を受けたら警察を呼べ。被害届ではヌルい。処罰感情アリと宣言し告訴すべきだ。

JRの敷地内に侵入し、SLの撮影をする「撮り鉄」たち=常陸大宮市
JRの敷地内に侵入し、SLの撮影をする「撮り鉄」たち=常陸大宮市
 真岡鐵道の呼びかけは失敗だ。呼びかけと言うより問題提起、いや、真情の吐露というべきか。その程度のことを大ごとに報じたメディアのマナーもどうかと思う。その結果として、またもやマナー論議を誘発しただけに終わった。あるいは、鉄道ファンからはみ出した不心得者のマナーの悪さを際立たてしまった。趣味の世界のトラブルは、趣味の現場で起きる。鉄道趣味は現場が公共交通である。だから他の趣味より目立ちやすい。

 2013年2月にしなの鉄道沿線で起きた「桜の木の伐採事件」も一般によく知られた事件である。浅間山を背景に列車をきれいに撮れる有名な場所で「線路の手前の木が電車の車体を隠して邪魔だ」と、不心得者がノコギリかチェーンソウのような道具で伐採してしまった。「不心得者がふだんから伐採道具を所持しているのか」と驚かせた。その木が日本の象徴ともいうべき桜だった。開花が近づき、つぼみも赤くなってきた頃だ。それが鉄道ファン以外の人々も憤慨させた。

 鉄道会社の対応は、あれからなにも進歩していない。SNSで困惑を表明しても、なにも解決にならないばかりか、「鉄道ファンはマナーが悪い」という風評が拡散する。紳士的な趣味人にとっては肩身が狭い。駅や線路際でカメラを持っているだけで怪しまれる。不心得者の存在は、鉄道会社だけではなく、鉄道ファンにとっても迷惑だ。

 現代は口コミ社会である。空(インターネットクラウド)に向かって叫ぶよりも手を打つべし。それで不心得者は排除され、更正の機会を得る。その対処はネットで拡散し、なにがしかの啓発になる。鉄道会社の毅然とした態度は不心得者を遠ざける。そのかわり善良な鉄道ファンを含む多くの人々から賞賛されるだろう。