野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家)
野口健(アルピニスト)

野口 最近のマスコミ報道って、どこかおかしいと思いません?

野々村 最近だけじゃなく、いつもおかしいと思っていますよ(笑)。

野口 確かに…(笑)。でも最近、ますますおかしくなっているような気がする。とくに違和感を覚えるのが、体罰をめぐる報道です。

野々村 あれはひどいですね。大阪市立桜宮高校の事件以来、どのテレビ局も新聞も、体罰イコール絶対悪で凝り固まっている。

野口 ええ。まるで子供に指一本触れるのもまかりならんという雰囲気。少しでも体罰を肯定しようものなら、よってたかって潰されてしまいそうです。しかし野々村監督となら、マスコミ報道に惑わされず、この問題について本音で話し合えるような気がします。

野々村 嬉しいことをおっしゃる。よし、今日は一つ、マスコミ報道にビンタをくれてやるつもりで、とことん話し合ってみましょう。

見捨てていないから本気で殴る(野々村)
クビ覚悟の体罰に「参りました」(野口)


野口 まず、一連の体罰報道の発端となった桜宮高校の問題についてです。バスケットボール部顧問の過剰な指導が原因でキャプテンが自殺するという、痛ましい事件が起きましたが、野々村監督はどう思われますか?

野々村 本当に痛ましいですね。事実関係の全てが明らかになったわけではありませんが、体罰以前の問題として、顧問教師と学校の責任は極めて重い。生徒に良かれと思って手を上げたとしても、その気持ちが生徒に伝わらず、自殺するほど追い込んでしまったことは、教師として言い訳のできないことです。まして報道されているように三十発も四十発も叩いたとしたら、これはもう、リンチと言っていい。ただ、この特異なケースをもって体罰そのものを全否定するのはどうかと思う。教育というものは、理屈だけでは語れません。先生に殴られたおかげで救われた、道を踏み外さずに済んだという生徒もたくさんいるのですから。
大阪市立桜宮高の体育館の入り口に設けられた献花台=2015年12月21日午後、大阪市
大阪市立桜宮高の体育館の入り口に設けられた献花台=2015年12月21日午後、大阪市
野口 その典型的なケースが、ここにいますよ(笑)。私は高校時代、いわゆる“落ちこぼれ”でした。イギリスにある全寮制の日本人学校に在籍していましたが、勉強が出来ずにグレてしまい、問題ばかり起こしていた。学校側にすれば退学させてしまった方がよっぽど楽だったはずです。しかし先生はそうしなかった。かわりに本気で殴ってくれた。その目を見れば分かるんです。ああ、自分はまだ見捨てられていないんだなって…。

野々村 そう、見捨てていないから本気で殴る。

野口 今でもはっきり覚えていますが、ある時、私が先生を殴り返してしまった。相手は柔道部の先生でしたから、廊下に出されて激しく投げ飛ばされました。慌てて駆けつけた教頭が「やめて下さい、これ以上やったら問題になりますよ」と割って入りましたが、それを振り切るように先生は、こう言ったんです。「クビになってもいいから、コイツを殴らせてくれ」と─。それを聞いて、参りました、という気持ちになりましたね。

野々村 教師と生徒の絆は、そういう時にこそ生まれる。最後は本気と本気のぶつかり合いなんですよ。

野口 野々村監督も、本気で生徒を殴っていました?

野々村 それはもう、ほぼ毎日(笑)。私が最初に赴任した府中東高校(広島県)は当時、リーゼントに剃り込み、短ラン、長ランは当たり前という、ツッパリがぞろぞろいるような公立校でした。彼らは弁当と煙草くらいしか持ってきませんから、まともな授業は困難です。一コマ五十分間、いかに教師と生徒の関係を維持するかが重要になる。生徒がどんなに騒ごうと我関せずで淡々と板書し、チャイムが鳴れば逃げるように職員室へ戻ってくる同僚もいましたが、私はいつも、彼らと殴り合いをする覚悟で教室に入りました。もちろん不正を見つけたら容赦はしない。鼻血を抜かしても殴り続ける。しかし、私がどんなツッパリとも本気で向き合っていることは誰もが知っていたから、恨まれるようなことはありませんでしたね。

野口 自分のために本気で殴ってくれる先生を恨むはずがありませんよ。私は、「クビになってもいいから…」の先生とは卒業後も連絡を取り合い、今も親しくさせてもらっているんです。

野々村 私も殴った生徒とは、ほとんど一生の付き合いになっていますね。