山本晋也(映画監督)



撮影 淺岡敬史


吉永小百合と刑事コロンボ


 ぼくらが幼い頃、親父といえばタバコの匂いがするものでしたよね。日本映画を観ていても、1960年、70年代くらいまではお父さんたちやサラリーマン連中はみんなタバコを吸っている。飲み屋のママさんなんかも粋に吸っています。淡路恵子さんなんて、タバコが実によく似合う方でしたね。あの頃の女優さんでタバコが似合わないのは吉永小百合さんくらいだったんじゃないかな。彼女が演じた『キューポラのある街』のあの清純な少女がタバコをくわえていたらおかしい(笑)。

 逆に、クリント・イーストウッドや刑事コロンボが葉巻をくわえていなかったらサマになりません。コロンボなんて、鑑識が働いているのを横目で見ながら殺人現場で葉巻を吸っている。あんな警察官、いないと思うよ(笑)。でも、それがキャラクターとして決まっているんだね。

 ぼくはNHKの朝ドラ『私の青空』(2000年)に築地の氷屋の社長役で出演していたことがあるんだけど、「こういうオヤジだったら、こういうときにタバコ吸うんじゃない?」ってディレクターに言ったんです。気に入らない客が来たときに、タバコに火を点けて相手の顔を見ながらすぐにもみ消す。「わるいけど忙しいんだ、帰ってくんねえかな」というセリフがそこで生きる。吸い方一つで性格まで表現できるタバコは非常にいい小道具なんです。

 それが、いまテレビドラマでは喫煙シーンはまず出てこない。主人公がタバコ吸っているのはどういうわけだって、すぐ抗議の電話が来るから。いまの世の中、クレーマーだらけだしね。そりゃあ民主主義の国だから、どんな意見があったっていいけど、問題になるような脚本(ホン)のほうが世の中にアピールするから商売にもなるでしょう。ドラマ一本で一般常識をひっくり返すようなことだってできる。何か問題が起こったら困るからって、無難なものばかりつくっていても面白くないと思うけどね。テレビの人間もサラリーマン化してしまっているのかもしれないけど、そういう人はあまりクリエイティブな仕事には携わらないほうがいいよ。

 喫煙所に行くと半数近くは女性ですね。昔はタバコを吸っていることを知られたくないっていう女性が多かった。社会でバリバリ活躍する女性が珍しかった時代は、タバコを吸っていると、いいところのお嬢さんじゃなくて、水商売の女のように見られるっていう、差別みたいなものがありましたからね。

 当時、タクシーの運転手から聞いた話だけれど、丸の内のOLが乗って来て、東京駅周辺をグルッと一周してくれって言うんだって。そのあいだにタバコを一服して、それですました顔でまたオフィスに戻っていく。タバコ一本吸うのにワンメーターちょっとの料金を払うんだ。男女雇用機会均等法(1986年施行)の前のことだけど、いまのタバコ代に匹敵するくらい高くついたでしょう。でも、いまはタクシーもほとんど禁煙だから、もうこの手は使えないね。