北朝鮮のセブンスター


 逆に言えば、見ず知らずの間柄でも、相手が愛煙家であることがわかると、「ああ、あなたもタバコお吸いになるんですか」なんていう感じで友だちになれる。

 このあいだ仕事でマダガスカルへ行ったとき、通訳にこの国でいちばんいいタバコを買ってきてくれと頼んだんです。そうしたら一本だけ持って戻ってきた。何で一本だけなんだって文句を言ったら、「いやー、一箱は売ってないんですよ」と困った顔をする。いったいどんなタバコ屋なんだと見に行ったら、おばちゃんが小さな屋台でバラ売りしていた。なつかしくってね。日本にもそういう時代がありました。タバコの葉を一本一本巻いて売っていて、紙は薄くて丈夫な辞書の紙(笑)。終戦直後の闇市では、吸い殻をほぐして巻き直して売っていた。

 北朝鮮でも、やはりバラ売りしていましたね。番組の取材で12年くらい前に初めて北朝鮮へ行ったとき、民衆の本音が知りたいから、偉い人たちの送迎の時間待ちで、運転手たちが四、五人しゃがんでタバコを吸っているところへ行って、本物のセブンスターをあげたら、もう大喜びでね。北朝鮮にはセブンスターはもちろん、外国タバコはだいたいなんでもあるんだけど、みんな北朝鮮製のニセモノで、実にいいかげんなものなんです。それを一本ずつバラで売っている。本物のセブンスターはとても貴重品だから、すぐには吸わないで、本当に大事そうにしてね。それがすごく切ない感じがして、こっちは免税店でいっぱい買って持っているんだから、一箱やるよってポケットにいれてやると、本当にうれしそうな顔をして、いろいろしゃべってくれたんです。将軍様がどうのこうの、あれは実のところはこうなんだとかって。

 だからずいぶんいろんなことを聞き出したんだけれど、日本のテレビ局のほうが、拉致問題の関係とかいろいろあるからそれはマズイって言い出して、番組では流せなかった。

 そういう意味では、タバコは国や人種を超えて人と人とのコミュニケーションのツールになるんですね。一本二本とバラでタバコ買って吸っているような貧しい国では、タバコ一箱であんなに喜んでくれるんだから、こっちだってうれしくなる。嫌煙家はそういう人たちにも「タバコは迷惑だからやめろ」というつもりなんだろうか。

 理屈じゃない、タバコ吸うやつはくさいからいやなんだっていう人がいるけれど、それは子供のいじめと同じだよ。じゃあお前とおれとどっちがくさいか、科学的な検査を受けて調べてみようかと言ったことがある。

 そういうことを言い出したら、外国人には本当に体臭の強い人たちがいるからね。日本を訪れる観光客がどんどん増えているらしいけれど、まさか匂いで人種差別するつもりじゃないだろう。それは日本人の品性、道徳、あるいは文化水準にかかわる問題だよ。

モスクの「清潔」さ


 日本人は度を過ぎた〝清潔病〟にかかっているんじゃないかな。女の子は起きたら朝シャンといってすぐ髪を洗う。三十代くらいのサラリーマンでも、起きて体にシュッシュッと芳香剤や消臭剤をふりかけて、電車を降りてまたふりかけて、会社で一回は下着を替えるなんて連中がいる。あれは一種のビョーキだな(笑)。

 テレビでも殺菌剤だとか消臭剤だとかのコマーシャルをしょっちゅうやっています。「ベッドにも風呂場やキッチンにも実はこんなに雑菌がいます」なんて、すごく気持ち悪い映像を流している。あれも一種の脅しだよ。このあいだ家の近くに新しいドラッグストアができて、行ってみたら、棚いっぱいに男用の芳香剤だか消臭剤が並んでいた。そこまで匂いを気にするというのはどういう神経なんだろうね。

 子供の頃、寝転がっているところへおばあちゃんやおふくろが通ると、かすかにナフタリンの匂いがしたりしてね。箪笥の奥にしまっていた冬物を出すと、防虫剤のナフタリンの匂いが移っているから。ああ、そろそろ衣替えか、季節が変わったんだなとそれで気づく。懐かしいね。情緒ってものがあったよ。そういう生活の匂いまで消したいのかなあ。

 毎日風呂に入って石鹸で体を洗うのは肌によくない、年をとってから肌が荒れて取り返しがつかなくなるって医者に言われたことがあります。

 イスラム教徒の礼拝堂で、モスクっていうのがあるでしょう。昔は、モスクって不潔な場所なんじゃないかと思っていた。だって、絨毯の上は裸足で歩くしさ、礼拝する時には赤の他人の尻と足の裏が目の前にあるんだからね。それで水虫かなんかだったらたまらないよ。だけど、アラブ世界には水虫はないんだって。それに、モスクに入る前に水で足を洗うから清潔なんです。水だけで、石鹸なんか使わないんだよ。

 ぼくがイスラム圏でモスクに行ったとき、靴と靴下を脱いで上がっていったら、そこにいた爺さんに、足を洗えと言われてね。素手で足を洗ったことありますか? 妙なものですよ、水だけで、石鹸も何もつけないで手で足を洗うのは。考えてみると、人生で初めての経験だった。でも、それで十分なんだ。

 水虫がないっていうのは、アラブの人たちって草履みたいなのをはいているでしょう。水虫を砂漠の砂で殺菌しているのかと思ったら(笑)、彼らに言わせれば、われわれは靴を履くから水虫になるんだって。

 もし日本人にモスクに行く習慣があったら大変だよ。朝、風呂に入ってさ、体中に芳香剤をふりかけて、モスクに入る前には足に石鹸つけて洗って、除菌作用のある消臭剤をスプレーして上がって行くだろうね。だけど、アラブでは水で足を洗うだけでいい。そんなものなんだよ。