秦郁彦(現代史家)


肺ガンとタバコの因果関係を考える〈下〉



■前回〈上〉( 「コンフォール」愛煙家通信13号・6月12日発行)の概要
 肺がんの原因がタバコであるとする「証拠(エビデンス)」が固まらないうちに、疫学統計を根拠に嫌煙・分煙が叫ばれるようになり、全面禁煙への風潮が世界的に広がった。しかし、タバコを肺ガンの原因と決めつけるには、「喫煙率と肺ガン死の統計」「部位別のガン死亡数と順位」「肺ガン関連数値の変遷」などのデータから、肺ガン死と喫煙率が反比例していること、非喫煙者の肺ガンが増えていることなどの疑問が生じるが、これに対する説得力ある反論は出ていない。

 では、現在、声高に叫ばれている受動喫煙説の位置づけはどうなるのか。非喫煙の罹患者はすべて受動喫煙の被害者なのか。「世界の反タバコ運動に投じた巨大な灯」(青木国雄)、「いかがわしい宗教の経典に似ている」(名取晴彦)と両極端の評価がある平山雄の受動喫煙説を、今回は再検分する。

平山コホートの転変


 まずは極端に評価が割れる平山雄(故人)という特異な医学者の来歴を、年譜風に見ていこう。

1923年 平山遠(満州医大外科教授)の長男として京都に生れる。
奉天第一中学校、旧制一高を経て、
1946年 満州医科大学卒。
1947年 厚生省(現厚生労働省)国立公衆衛生院技官(疫学部)。
1951年 医学博士。
1951─52年 ジョンズ・ホプキンス大学留学、59 ─60年米国留学、63─64年WHO勤務(インド駐在)。
1965─85年 国立がんセンター研究所疫学部長。
1981年1月 英国の医学情報誌 British Medical Journal(以後はBMJと略称)に論文発表。
1985年 予防がん学研究所を設立・所長。
1989年 第一生命相互会社より保健文化賞。
1995年 10月26日ガンで死去。

 この経歴で目を惹くのは、平山が1942年9月に旧制一高(理乙)を卒業したさい、ほぼ全員が東京帝大医学部へ進学したのに、一人だけ満州医大へ進学したことで、同級の林滋生(のち国立予防衛生研所長)は「稀な例だが、お父さんが満州医大教授だったからと聞いた」と語る。

 終戦と同時に医大は中国に接収され、学生は46年から47年にかけ内地へ引き揚げ、内地の医大へ転入した。医大同期(第十九期)の多比良勉医師は卒業式なしに45年10月に学長名で卒業証書をもらったが、日本で医師国家試験を受け医師免許を得た時は46年卒として認定されたと語る。旧制高校の同期生は46年9月に医大を卒業しているので、それに合わせたものであろうか。

 厚生省の公衆衛生院に技官として入ったのは、一緒に引き揚げてきた父の遠が国立長野病院長に就任したので、その縁故かと思われるが、医局やインターンとしての臨床経験を持たなかったことは、彼の進路と視野を狭めてしまう。そのなかで平山は、占領軍が持ちこんだアメリカ流の公衆衛生、なかでも新興の疫学分野に活躍の舞台を見出す。伝染病、結核、ガンと疫学調査の重点は移っていくが1965年、新設の国立がんセンターに転出すると、彼は同年末の国勢調査にあわせ、厚生省の補助金をもらって、大規模なコホート(co-hort)調査のプロジェクトを立ちあげた。

 コホートはローマ軍の隊列を意味するが、この調査では「環境ならびに習慣性諸因子など人とがんとの関係(※26)」を将来にわたり追跡観察するのを目的とした。平山コホートの概要は表4を参照されたいが、14年かけて26万人余を追うのは世界的にも前例を見ない規模であった。
 戸籍と住民登録制度が完備している日本だからこそ可能だったし、国勢調査に便乗して保健所のスタッフが各戸訪問で調査表を回収した。当初の調査項目は食習慣(コメ、魚肉類、緑黄野菜、ミソ汁など)、嗜好品(タバコ、酒、茶など)で、14年間の死亡原因別にその関連性を検討したのであるが、とくに喫煙については開始と中止年齢、喫煙量、性別などを詳細に記入させた点から見て平山が肺ガンとの関連を重視していたことが推量できる。

 公衆衛生院時代の同僚だった重松逸造博士(のち疫学部長)は「1955年頃から平山君は喫煙と肺ガンの問題に興味を持っていたが、直接には64年に米公衆衛生総監部が発表した報告書がきっかけだった」と語り、「本人はタバコを吸おうとしていたが、体質に合わぬのか、むせちゃってだめなんですね」と笑った。

 重松が回想したように、喫煙が肺ガンのリスクを高めているとする先行報告は珍しくなく、英国人医師3万余人を対象としたドールや36万人を対象としたハモンド(米)の調査が知られていた。わが国でも、肺ガンと喫煙の因果関係に着目する研究報告は少なくなかった。とくに浅野牧茂(公衆衛生院)は、前記のリッキントに触発され、「受動喫煙」(passive smoking)の被害分析に取りくんでいたが、対象は職場、乳幼児、胎児への影響に絞られていた(※27)。