14年にわたるコホート調査の膨大な材料をかかえ、何か新機軸となるテーマはないかと考えていた平山にひらめいたのが、喫煙する夫からの受動喫煙で被害を受けている非喫煙妻という目新しい側面を引きだすことだった。しかも彼は劇的効果を狙ってか発表の場を日本ではなく、イギリスの医学情報誌(BMJの1981年1月17日号)を選んだのである。

 いつごろ彼がこのテーマを着想したかは、はっきりしない。平山はすでに啓蒙書を主とする著書を数冊書き、英文の論文も執筆していた。なかでも1980年は多産で『がんの計量疫学』では手がけてきたコホート調査の要点を紹介しているが、喫煙のリスクを喉頭ガン(首位の13・6倍)、肺ガン(3・6倍)、胃ガン(1・5倍)、全ガン(1・6倍)と並べている。また飲酒のリスクを口腔ガン(3・5倍)、クモ膜下出血(2・4倍)、肺ガン(1・3倍)と列挙し、受動喫煙にはまったく触れていない(※28)。

 前後して刊行した『流行するタバコ病』(1980)の序文に、全ガンよりリスクの低い胃ガンで死んだ越路吹雪が「60本もタバコを吸っていたから」と書いたのは、この人特有の早とちりだろうが、やはりデータを生かす方向性をまだ決めかねていた事情がかいま見える。

 受動喫煙の問題意識を持った動機について、平山は「ヘビースモーカーの夫を持つ非喫煙の妻たちは肺ガンの高いリスクを持つ──日本からの研究」と題したBMJ論文の冒頭で次のように述べている。

(コホート調査で)多数の非喫煙妻たちが、喫煙する夫からの受動喫煙によって肺ガン死するリスクが二倍にもなることが明らかになった。(中略)

 肺癌の年齢調整死亡率は、日本で男性も女性もともに急激に増加してきた。肺癌になった日本女性で喫煙者はごく少数(only a fraction)なのに、なぜ彼女らの肺癌死亡率が、男性と平行しているか不明だった。本研究は、この長年の謎の少なくとも一部について説明できるように思われる(※29)。

 平山論文の要点は表4の通りだが、核心のⅡ「非喫煙妻の肺ガン死と夫の喫煙習慣」で九万人余の非喫煙妻の14年間(1966─79)における肺ガン死は、夫が非喫煙者の場合は32人、喫煙者の場合は142人である。人口比で見ると前者は0・15%、後者は0・20%だから僅差に見えるが、平山式の計算では相対リスクは1・61倍と2・08倍の有意差を示すとされる(※30)。

 そして欧米に比し喫煙率の低い日本の妻たちの肺ガン死が多いのは、受動喫煙によって説明できると結論したのだが、海外専門家たちの反響は必ずしも好意的ではなかった。むしろ批判の声のほうが強かったと評してよい。

 BMJには1981年だけで、平山論文に対するコメントが12本も掲載されているが、ほとんどは疑問か異議の部類で、平山自身も三本の反論を送っている(※31)。異例と言ってよいが、1984年4月には7人の専門家がウィーンに集まり、「受動喫煙に関する国際円卓会議」を開催する。平山も追跡期間を2年延長した第二論文を提出、討議にも加わったが、議事記録を通読すると孤軍奮闘する平山を吊し上げる会かと思えなくもない(※32)。