疑わしきは罰すWHO路線


 この論争で発言する医学者は病理学系統と疫学系統に分れ、それに学会活動家が加わる構図と見受ける。いずれも少数で、大多数のガン専門医は診断と治療に忙しく、その面での技術開発には熱意を持つが、ガンと喫煙の関連性のようなテーマには関心が薄く、受け売りですませているようだ。東大医学部の教科書に指定されている『標準呼吸器病学』(2000)は、次のように記述している(※41)。

 肺癌は圧倒的に高齢者の癌である。肺癌と喫煙の関連性が強調されている。しかし実際に喫煙との関連性が疑われているのは扁平上皮癌だけである。

 一方、近年、扁平上皮癌は著減し、喫煙とは関連の少ない腺癌が圧倒的に多くなってきている……わが国だけでなく、欧米においてもみられていることであり、呼吸器疾患における禁煙の重要性は肺癌においてはCOPD(注:肺気腫など)よりは低い。

 簡にして要を得た冷静な解説だが、さらに踏みこんだ須田健一らによる2009年の連名論文を見ると、「喫煙が肺癌の原因であることはゆるぎない事実として“一般にも広く”認識されている」としながらも、わが国の肺癌死亡者のうち男性の31%、女性で80%が喫煙に起因していないのも事実で、「非喫煙者の肺癌の原因は未だはっきりとは同定されていない」と認識する。

 そのうえで非喫煙者の肺癌の発症に関わる複数ないし未知の因子として、次のような候補を列挙している(※42)。

1環境喫煙(ETS)──主に受動喫煙を指すが、寄与度はさほど高くない。

2職業的・環境的発癌物質──大気中の粉塵、放射性物質、アスベスト、台所の調理油からの揮発蒸気など。

3エストロゲン──とくに女性ホルモン。

4遺伝的因子──肺癌家族歴(1・5倍説も)、

DNA修復能力の低いことなど。

5大気汚染、肉食などの食事因子。

6その他。

 これを見てもわれわれがもっとも知りたい諸因子の比較寄与度は、数十年前と同様に判然としないことがわかる。たとえば大気汚染は「その他」のひとつに押しやられているが、浅村尚生は「大気汚染の深刻化」を重視しながらも「じつは、はっきりしたことはまだわかっていません(※43)」と逃げている。

 おそらく病理学系の医学者たちには「肺癌も遺伝子異常や薬物代謝酵素活性の違いなどにタバコを始めとした種々の発癌性物質が複雑に組み合わさって発生する(※44)」(阿部庄作)といったところが現時点の公約数的見解ではあるまいか。

 ついでに疫学系の観察も挙げておくと、平山コホートを援用しつつも、「肺がんが最も好発する年齢群のヘビースモーカーでも、93%の人は肺がんにならない」ので「喫煙者全員に禁煙を求める必要はない」のに「どのスモーカーが肺がんになるかを予め識別できなかったために全員が禁煙(※45)」を強いる風潮にしてしまったと説く重松逸造のユニークな視点が興味深い。