長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト)

 オーストリアの次期大統領に選出された「緑の党」前党首、アレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)は愛煙家で知られている。同氏の歯は長年の喫煙で黄色くなっている。同氏がホフブルク宮殿の大統領府の主人となることが判明すると、大統領府は早速、大統領専用の喫煙室を設置する計画を進めているという。
 環境保護を党綱領の最初に掲げる「緑の党」出身者が愛煙家という事実について、「言行不一致の典型的な例だ」と声を大にして詰問するつもりはないが、やはり少々まずい。

  先月31日は‘World No Tobacco Day'だったが、国連の情報によると、年間、世界で600万人がタバコ、喫煙が主因で死亡しているという。喫煙する人の健康だけではない、その周囲の家族や子供たちの健康にも悪影響(受動喫煙)を及ぼすことは医学的にも知られていることだ。 
  当方は冷戦時代、多くの反体制派活動家と交流してきた。その一人、チェコスロバキア(当時)のバスラフ・ハベル氏は反体制派活動家で通算5年間、刑務所生活を体験し、民主化後、大統領に選出された人物だ。そのハベル氏は1日2箱のタバコを喫煙していた。残念な事実だが、同氏はその後、肺疾患で亡くなった。長年の喫煙が原因だったことは間違いないだろう。

  また、中国の著名な反体制派活動家の魏京生氏は文字通り、ヘビー・スモーカーだ。休みなく紫煙を上げていた。当方がウィーンで同氏とインタビューした時も、煙の隙間から同氏の表情を伺ったほどだ。同氏は通算18年間、収容所生活を送っている。

  ハベル氏と魏京生氏は、国は異なるが刑務所生活を体験している。喫煙以外の楽しみがなかった。多分、彼らは紫煙の行方を追って慰めを感じていたのだろう。当方は彼らの喫煙癖を批判できる資格はない。

 バン・デ・ベレン氏の場合、父方の先祖はオランダ人だったが、モスクワに移住した。しかし、1917年、ロシアにボルシェヴィキ政権が誕生すると家族はエストニアに亡命。エストニアが1941年、旧ソ連共産政権に併合されると、ドイツに逃げ、そこからオーストリアのウィーンに亡命した。しかし、ウィーンにも旧ソ連赤軍が迫ってきたため、チロルに逃げている。
  第二次世界大戦終焉直前に生まれたバン・デ・ベレン氏がいつ頃から喫煙するようになったか知らないが、「大統領府に入ったら、喫煙を止める考えはあるか」という記者たちの質問に返答をぼかしてきた。やめる気はないのだ。

  バン・デ・ベレン氏は亡命者家族の息子として身につけた世界観、人生観と同様、喫煙癖も最後まで捨てられないだろう。同氏は大統領選で勝利が決定すると、「ホフブルク宮殿の主人となった以上、全ての国民の大統領を目指す。『緑の党』の党員から離脱する」と述べている。環境保護の政党「緑の党」の看板を背負っていると、大好きな喫煙を楽しめられないからでないか。

  アイルランドが2004年4月、欧州で初めて禁煙を決定したのを皮切りに、他の欧州連合(EU)の加盟国も次々と禁煙に乗り出してきた。いずれにしても、愛煙家を取り巻く環境は世界的に厳しくなってきている(「紫煙の行方」2006年11月30日参考)。
 
  72歳のバン・デべレン氏に今更禁煙を強いることは酷だが、国民の模範という大統領の立場から、若者たちが集まる場所での喫煙は控えて頂きたい。
                                                          (長谷川良ブログ 2016年6月3日 ウィーン発「コンフィデンシャル」より転載)