河原ノリエ(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 特任講師)


 中国郊外の農村にがん予防活動に入りはじめて、10年以上の歳月が流れた。
 
 戦前に満州で満鉄関連の事業を行っていた父の足取りを辿っていくうちに知り合った方がたとのご縁のなかで、細々と続けてきた活動である。
 
 中国のがんは急増しており、中国政府もその対策には苦心をしている。がん予防啓発活動とともに、日本同様早期発見、早期治療のスローガンのもと、がん検診を、農村部においても展開している。特に、乳がん健診には力をいれ、日本における地域の婦人会にあたる婦女連合会のネットワークなどを利用して、無料で各地で行われている。
 
しかしながら、その受診率はかなり低い。
 
「どうして無料なのに行かないの?」
村の女性にきいてみると
「だって、検診でがんがみつかったら怖いもの」
早くみつかれば、と早期発見、早期治療の話をすると
「だってがんになって、生き延びているひと、みたことないもの」
そう言って、彼女は首をすくめた。
 
 「がんになって、手術したって、どうせ死んじゃうのに、病院で高いお金をとられてしまう。そのお金、家族に残してあげるほうがずっといいでしょ」
そう言う年配の女性は、もし運悪くがんがみつかったら、どうせ助からないのに家族がほっておけずに、自分のためにできる限りのことをするだろうから、絶対にがん検診になんか行かないと言う。
 
 がんになっても治療したってどうせ死ぬのに無駄だからと、まわりの村人も口々に話す。最近村で、がんがみつかって、手術をしたひとが、結局その後治療費用が続かず、早々に退院して、その後どんな悲惨な最期であったかということ。そしてその後どれほど、残された家族が経済的に困窮してきたかということ。人々は、まるで見てきたことのように熱く語りはじめた。
 
 がん患者の経済的問題は日本においても深刻な事態となっている。ましてや社会保障制度が徐々に整備されているとはいうものの、がん治療費用への公的カバー率の低い中国においては、その実像は推し量ってあまりある。
 
 近隣の病院に勤める医師は、
「中国も、医療技術が発展してきており、海外の学会などの発表では、治療成績もずいぶんあがったようにみえているかもしれないけど、それは北京や上海の病院でのことで、お金に糸目をつけない富裕層が大都市の有名病院に集中して治療を受けた結果にすぎない。農村のひとたちはほとんどが、がんを怖がり、見つかったときは手遅れで、大多数の中国全土の病院においては、がんはまだまだ死病なんです。」
そう力なくつぶやいた。
 
 たしかに日本においても、ほんのしばらく前までは、がんは不治の病であった。
 
 がんサバイバーたちの元気な姿が全国各地で見られ、「がんは、もう治る病気になりました」そんなことを言えるようになったのは、つい最近のことだ。それはがん医療の急速な発展とそれを国民全体が享受できる国民皆保険制度という礎があったからこそである。
 
 中国においては公的医療保険のカバー率が9割を超えたとはいうものの、その実、がん治療においてはそのかなりの部分が自己負担になっているのが現状である。早期発見、早期治療すれば、もうがんは治る時代になったからと言えるのは、中国では、がん医療の発展の恩恵にあずかれる一部のひとのための言葉にすぎない。それゆえ人々にとって、がんという病は、日本で我々が考えるより、もっと恐ろしい病なのである。
 
 年に数回この村を訪れ、健康講座を開催している。このがん予防啓発活動にも、実は、村のひとたちは、がんになるのは運みたいなものだからと、参加してくる。タバコの害について聞いても、毛沢東も鄧小平もヘビースモーカーだったけど、長生きしたよと言いながら、「がん予防なんてほんとかどうかわかんないけどさぁ」といいながら、参加する。