高橋秀樹(放送作家)


メディアゴンより2016年1月20日分を転載)

 SMAP解散は「鎮圧」されたのか、それとも「回避」されたのか。どちらの表現が好ましいかは人それぞれであろう。

 この解散騒動、外面的に見えるものと、内面にあるものはまったく正反対の様相を呈していることが、芸能界の外の人にも、なんとなくわかるだろう。それを理解するには(別に理解したくないかもしれないが)ジャニーズ事務所の歴史を振り返ってみるといいかもしれない。

 ジャニーズ事務所は1962年にジャニー喜多川氏により創設された。伝統的に男性アイドルの育成が得意だとされている。筆者は昭和30年の生まれだが、事務所設立と同じ年、ジャニー喜多川氏によって結成された男性アイドルグループ「ジャニーズ」の活躍ぶりを覚えている。メンバーは、あおい輝彦・飯野おさみ・中谷良・真家ひろみ。

 前年の1961年に日本公開された米ブロードウェイのミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』を見て感動した野球チームの子どもたちで結成された歌って踊る4人組のグループとだとされる。

 実は、野球チームの結成の方が先で、ジャニー氏が「 Youたち、野球やらない?」と多くの男の子たちに声をかけていたのは伝説になっている。野球チームの名前は当初「オール・ヘターズ」というもので、のちに野球チームも「ジャニーズ」に変更になるが、変更にならなければ芸能事務所の方もオール・ヘターズ事務所になっていたかもしれない。

 このジャニー喜多川氏のお姉さんがメリー喜多川氏であり、その旦那さんが元・東京新聞記者で作家の藤島泰輔氏。藤島氏の父親は日本銀行の監事。学習院大学では今上陛下とご学友である。メリー藤島夫妻の愛娘が藤島ジュリー景子氏。

 現在のジャニーズ事務所の役員構成は以下の通り。
 1.代表取締役社長:ジャニー喜多川
 2.代表取締役副社長:メリー喜多川
 3.代表取締役副社長:藤島ジュリー景子

 バリバリの同族会社なのである。創業者一族がやっている有名企業という意味では日本一の製造業TOYOTAと同じである。

 だが、その経営方法は、TOYOTAが中継ぎにプロパーのサラリーマン社長を持ってきて、経営の緊張感を高め、近代化を図り、創業者一族に再びバトンタッチすることで精神的支柱とする方法と比べ、前近代的で興行師的体質が色濃く残っていると言わざるをえない。

 芸能の伝統を守っていると言えば言える。この体勢に反旗を翻したのがSMAPのマネジャー飯島三智氏という図式である。

 ジャニーズの次に人気になったのは北公次・江木俊夫・おりも政夫・青山孝の「フォーリーブス」である。日本テレビの番組「プラチナゴールデンショウ」で、メインを張った。

 「プラチナ万年筆」の提供だからこういう番組名なのだが、「白金黄金ショウ」というのはキラキラネームのような番組名である。「地球はひとつ」( 作詞:北公次、作曲:都倉俊一)という当時の若い奴なら誰でも歌えた持ち歌があった。この歌の冒頭はセリフ。

 「 (セリフ)ボクから逃げようたって 駄目だョ… 逃げれば 逃げるほど ボクに近づくってわけ… だって 地球は まるいんだもん!」

 シブがき隊の「スシ食いねェ!」舞祭組(ブサイク)の「ブタのケツ」など、今のジャニーズ事務所歌手のおもしろ選曲路線の先駆けである。