川上泰徳(中東ジャーナリスト)

 シリアの反体制組織に拘束されていると見られるフリーランスジャーナリスト、安田純平さん(42)を巡って情勢が険悪化している。5月末にインターネット上に「助けてください。これが最後のチャンスです」という紙を持つ安田さんと思われる男性の画像が出た。身代金が支払わなければ「イスラム国」(IS)に渡すという脅しまで飛び出している。

 安田さんの画像は、「シリア人の活動家」を名乗る人物のフェイスブックサイトで公表されたもので、同じサイトでは3月に安田さんとみられる男性の動画が公表されている。その活動家は日本の複数のメディアの取材に対して、シリア反体制派でイスラム過激派アルカイダの“シリア支部”である「ヌスラ戦線」の「代理人」を名乗る人物からこの画像を得たとし、「一カ月以内に身代金が支払われなければ、人質交換で過激派組織『イスラム国』(IS)に引き渡される恐れがある」と警告しているという。

 安田さん拘束事件の特殊性は、身代金交渉を掲げる自称「代理人」が表に出ているだけで、ヌスラ戦線自体が表に出ていないことだ。3月半ばにシリア人活動家のフェイスブックで公表された動画では、安田さんが英語で語ったが、拘束している組織の名前さえ出ていなかった。ヌスラ戦線としての公式の声明ではない。今回の画像でも同じである。2015年1月の後藤健二さん、湯川遥菜さんの殺害事件で、ISとしての公式の映像が出たのとは異なる。

スペイン人ジャーナリストの解放


 ヌスラ戦線自身が表に出てこないのは、この組織が人質をとって身代金と引き替えに解放して、資金を得ていることを公式には認めていないためだと理解されている。シリア人活動家は「誰もヌスラ戦線と直接接触することはできない。代理人を通じて交渉するしかない」と語った。ただし、ヌスラ戦線の代理人が、どこまでヌスラ戦線指導部の意思を代弁しているかは分からない。

 安田さんの解放問題を考えるうえで重要な進展が、今年5月初めにあった。ヌスラ戦線に昨年7月から拘束されていたスペイン人ジャーナリスト3人が無事に解放されたのである。スペイン政府では副大統領直轄の中央情報センター(CNI)が解放交渉にあたったという。スペインメディアの報道によると、同政府筋は「多くの政府職員の働きと同盟国や友好国の協力によって」解放が実現したとし、最後は主にトルコとカタールの協力によると明らかにした。
解放された後、スペインの首都マドリード郊外の軍用飛行場に到着し、親類と抱き合うスペイン人記者の1人=2016年5月(ロイター)
解放された後、スペインの首都マドリード郊外の軍用飛行場に到着し、親類と抱き合うスペイン人記者の1人=2016年5月(ロイター)
 一方、カタール国営通信は解放直後に、スペインの外務長官からカタール外務省に対して「シリアで拘束されていたスペイン人3人の解放につてのカタールの努力を感謝する」との電話を受けたと報じた。

 解放後、しばらくしてトルコの新聞が、スペイン政府はスペイン人3人の解放のために1100万ドル(12億円)の身代金を支払ったと報じた。報道によると、当初の身代金要求は2500万ドル(27億円)だったが、交渉の結果、1100万ドルとシリア国内での避難民への救援物資の提供で合意したという。スペイン政府は身代金支払いについては否定も肯定もしていない。