ジャーナリスト 櫻井よしこ
 過去の朝日新聞のさまざまな報道を集めてみました。そのなかの小泉純一郎元首相が訪朝した翌日の平成十四年九月十八日付朝刊の「痛ましい過去、直視して 日朝首脳会談」と題するコラムを紹介しましょう。

  《痛ましい。やりきれない。わが子が、孫が、兄弟姉妹が、どこかで生きてくれていると信じて、拉致被害家族は長くつらい歳月を耐え忍んできた。そのかすかな望みは打ち砕かれた。無残な結末に言葉を失う》

  《北朝鮮の金正日総書記は初めて拉致の事実を認め、謝罪した。それでも拉致された8人がすでに亡くなった事実はあまりに重い》

 北朝鮮から出された死亡情報には多くの疑問が指摘されています。横田めぐみさんについてはニセの遺骨までが手渡されました。ただこの時点ではコラムは北朝鮮から示された情報を額面通りに信じてしまっています。コラムは次のように続きます。

 《こんな無法者の国と国交を結ぶ必要がどこにあるのか。拉致問題暗転の衝撃と憤りから、釈然としない思いに駆られる人も少なくないだろう。気持ちは理解できる》

 《けれども、冷静さを失っては歴史は後戻りするだけである》

 拉致は正当化できないが、そもそも日朝関係が不正常である原因は日本の朝鮮統治に原因がある。だから北朝鮮との戦後処理を解決すべきで、歴史を乗り越えるには、それを直視するしかない─という内容です。

 コラムの執筆者は当時、政治部長だった木村伊量社長。朝日は北朝鮮との国交正常化に最も前のめりで拉致問題の軽視が目立つメディアでした。これまでも「日朝の国交正常化交渉には、日本人拉致疑惑をはじめ、障害がいくつもある」(平成十一年八月三十一日社説)と書き批判されたこともあります。このコラムがそうであるように拉致問題に言及するときは日本の過去の朝鮮統治を持ち出して相対化を図るような書きぶりを繰り返してきました。

2014911
記者会見で頭を下げる木村社長

すさまじい社長の自己正当化


 木村社長は八月二十八日に社員全員に「揺るがぬ決意で」と題したメールを発信しています。そのなかで《私は2年前に社長に就任した折から、若い世代の記者が臆することなく慰安婦問題を報道し続け、読者や販売店ASAの皆さんの間にくすぶる漠然とした不安を取り除くためにも、本社の過去の慰安婦報道にひとつの「けじめ」をつけたうえで、反転攻勢に打って出る態勢を整えるべきだと思っていました》とあります。八月五日、六日の検証特集記事は反転攻勢の第一歩のつもりだったというわけです。

 メールには《いざ紙面化すると、「朝日がついに誤報を認めた」と鬼の首を取ったかのようなネガティブキャンペーンが始まっています。この際、朝日新聞を徹底的に攻撃しよう、という狙いでしょう》《いわれのない非難も含めて火の粉をかぶることは予想していたことです…一部の朝日攻撃はしばらく続くと見ておくべきでしょう…私の決意はみじんも揺らぎません。絶対にぶれません。偏狭なナショナリズムを鼓舞して韓国や中国の敵意をあおる彼らと、歴史の負の部分を直視したうえで互いを尊重し、アジアの近隣諸国との信頼関係を築こうとする私たちと、どちらが国益にかなうアプローチなのか、改めて問うまでもないことです》

 日韓、日中関係の厳しさの原因は日本側の偏狭なナショナリズムが原因だというのでしょうか。正しいのは朝日だというのです。

 すさまじい自己正当化です。木村社長は今回の問題の本質を理解し得ていないのではないか。慰安婦報道の問題点も把握し得ていないと言わざるをえません。彼らの理解能力とはこんなものなのかと呆れてしまいます。「歴史の負の部分を直視して」ほしいという言葉は木村社長にこそ向けられて相応しいでしょう。