仲野博文(ジャーナリスト)



第一回【グループリーグ Match2 アルバニア対スイス】

 

鎖国政策に翻弄されたアルバニア国民

 
 フランスとルーマニアの開幕戦でユーロ2016が始まった。今大会では出場国が従来の16から24に増え、その影響もあってか、5チームが大会初出場となる。初出場のアルバニアは、現地時間11日の午後3時に、ベルギーとの国境に近い仏北部ランスでスイスと対戦する。ワールドカップに10大会出場し、今大会が欧州選手権における4度目の出場となるスイスは、国際大会では常連国のひとつであり、イングランドやドイツ、イタリアのクラブチームで活躍する選手が代表に名を連ねている。
 
 一方のアルバニアは、正真正銘のダークホースだ。ワールドカップには一度も出場したことがなく、欧州選手権も今大会が初出場となる。アルバニアが主要な国際大会に出場できなかった理由は、そのほとんどが他国同様、予選で敗退したからである。しかし、1970年代から80年代にかけては予選そのものに参加しなかった時期もあり、当時の独裁政権が事実上の鎖国政策を実施したことが、スポーツにも大きな影響を与えていた。
前日練習を行うアルバニア代表=6月10日、ランス(ロイター)
前日練習を行うアルバニア代表=6月10日、ランス(ロイター)
 アルバニアでは第2次世界大戦末期の1944年11月、国内のレジスタンス活動を主導していたエンヴァル・ホッジャがソ連の支援を受けてアルバニア共産党による臨時政府を樹立。1946年にはアルバニア人民共和国が設立され、ホッジャは引き続き首相の座に就いた。ホッジャは1954年に首相の座から退くが、アルバニア労働党(1948年にアルバニア共産党から改名)の第一書記として、1985年に死去するまでの間、権力を掌握し続けていた。
 
 40年以上にわたってアルバニアを支配したホッジャはスターリン主義の熱烈な支持者であったが、フルシチョフによるスターリン批判を機にソ連と断交。その後、中国との関係を強化するものの、70年代にアメリカと中国の外交関係が改善されたことで、中国とも距離を置いた。その結果、欧米はおろか、共産圏の国でもアルバニアと付き合いのある国はほぼ皆無となり、アルバニアの「鎖国政策」はホッジャが死去するまで続いたのだ。
 
 余談になるが、ホッジャの死後に市場経済を導入したアルバニアではネズミ講が大流行した。しかし、1997年にネズミ講が破たんすると、国民の3分の1が一夜にして全財産を失い、アルバニア国内では連日暴動が発生した。アルバニア各地で発生した暴動では、1300か所に及ぶ軍の武器庫も襲われ、その際に略奪された銃器類は最大で150万丁に及ぶ。
 
 近年、アルバニアや旧ユーゴ諸国から西ヨーロッパに流れた自動小銃などが、テロや犯罪で多用されることが大きな問題となっているが、アルバニアはヨーロッパにおける銃の密輸で最大の供給国という顔を持つ。ユーロ2016の開幕戦が行われたパリ近郊のスタッド・ド・フランスでは、昨年11月にサッカーの試合中にスタジアムの外でテロ事件が発生したが、その際に使用された自動小銃にはアルバニアから密輸されたものも含まれていたことが後に判明している。