仲野博文(ジャーナリスト)


第二回【グループリーグ Match7 ドイツ対ウクライナ】

 

4年前に欧州選手権が開催されたドネツクの現在

 
 2012年はウクライナのサッカー界にとって、様々な意味でマイルストーン的な年であった。この年、ウクライナとポーランドがホスト国になってユーロ2012が開催され、欧州選手権初出場となったウクライナはグループリーグでスウェーデン、フランス、イングランドと対戦した。
 
 キエフのオリンピックスタジアムに約6万5000人の観客を集めて行われた初戦。ウクライナはキャプテンで国民的英雄でもあるアンドリー・シェフチェンコの2ゴールでスウェーデンに勝利。オリンピックスタジアムはウクライナの名門クラブとして知られるディナモ・キエフのホームとしても使われており、1994年からの5シーズンと2009年からの3シーズンをディナモ・キエフでプレーしたシェフチェンコにとっては戦い慣れた環境だったのかもしれない。シェフチェンコがディナモ・キエフのトップチームでデビューを飾ったのは18歳の時であったが、6歳ですでに同クラブが運営するサッカースクールに入団しており、ディナモ・キエフはシェフチェンコにとって「家」のような存在でもあった。

2006年ドイツW杯準々決勝でイタリアに敗れてキャプテンマークをはずすアンドリー・シェフチェンコ(AP)
2006年ドイツW杯準々決勝でイタリアに敗れて
キャプテンマークをはずすアンドリー・シェフチ
ェンコ(AP)
 2戦目と3戦目はキエフを離れ、ウクライナ東部ドネツクのドンバス・アリーナでフランスとイングランドを迎えて行われたが、それぞれ0-2と0-1で敗北。ホスト国のウクライナはグループリーグの最終成績を3位で終え、決勝トーナメントに進むことはできなかった。同じくホスト国として、チェコ、ギリシャ、ロシアと対戦したポーランドにいたっては1勝もできずに、グループリーグを最下位で終えて大恥をかいている。結局、大会を通じてウクライナの全得点となった2ゴールを挙げたシェフチェンコは、それから間もなくして現役引退を正式に表明した。
 
 シェフチェンコは文句なしにウクライナ・サッカー界の英雄だった。ウクライナ代表で111試合に出場したシェフチェンコは、代表最年少と最年長の両方でのゴール記録を持っており、クラブチームでもディナモ・キエフからイタリアのACミランに移籍してからも素晴らしい活躍を見せ、ウクライナ人の自尊心を大いに高めた。
 
 ソ連軍戦車部隊の一員として東ドイツに10年近く駐留した父親は、息子を軍に入れることを望んでいたが、サッカー選手としてのキャリアを選んだシェフチェンコはやがてウクライナの英雄として崇められる存在に大化けしたのである。代表チームの大黒柱であったシェフチェンコの引退によって、ユーロ2012以降のウクライナは若返りを含めた新しいチーム作りに挑んでいる。
 
 2012年に欧州選手権が行われ、翌年の冬には政権交代を求める動きがキエフを中心に見られるようになったウクライナ。2014年には実際に政権が交代し、その後ロシアが事実上の軍事介入を行い、クリミア半島はロシアに併合された。シェフチェンコが最後にプレーしたウクライナ東部ドネツクのドンバス・アリーナはウクライナ軍と親ロシア派武装勢力との戦闘で一部が破壊され、ユーロ2012の開幕に合わせてリニューアルされたドネツク国際空港にいたっては連日の砲撃で空港機能はほぼ全て破壊され、現在も復旧の目途はたっていない。シェフチェンコの引退から4年足らずで、ウクライナはサッカーだけではなく、国家そのものが大きな変化に直面してしまったのだ。ウクライナ東部における戦闘は現在も続いており、ウクライナメディアは11日、親ロシア派武装勢力による攻撃でウクライナ人兵士2名が死亡したと伝えている。武力衝突はまだまだ終わりそうにない。