麗澤大学教授 八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 

女性は働き育児は外国人メイド


 政府は六月十六日、アベノミクスの「第三の矢」に当たる成長戦略の素案を発表し、まもなく閣議決定される。「『日本再興戦略』の改訂について(素案)」と題された文書は、昨年六月十四日に発表された「日本再興戦略―JAPAN is BACK」の文字通りの改訂版である。今後の我が国の経済成長に必要な具体的な施策が網羅され、評価すべき点も多いが、気になる箇所もある。
 特に「女性の更なる活躍促進」として「女性の働き方に中立的な税・社会保障制度等への見直し」を掲げ、明示はしていないが配偶者控除・同特別控除の見直しを求め、専業主婦の国民年金第三号被保険者制度、配偶者手当の見直しを検討するとしていることである。
 素案はさらに、昨年の成長戦略で示された「『2020年に指導的地位に占める女性の割合30%』の実現に向けて、女性の登用に関する国・地方自治体、民間企業の目標・行動計画の策定、女性の登用に積極的な企業へのインセンティブ付与等を内容とする新法を制定する」とし、「今年度中に結論、次期通常国会への法案提出を目指す」としている。ここでいう「新法」とは、今年の通常国会の会期末直前に議員提案された「女性が活躍できる社会環境の整備の総合的かつ集中的な推進に関する法律案」を指す。法律案は税制、社会保障等の見直しを含む、女性の活躍を促進するための「基本法」とでもいうべき性格のものであるが、問題が多い。これについては後述する。
 更に成長戦略は「女性の活躍促進」のために「まずは国家戦略特区において、地方自治体による一定の管理体制の下、日本人の家事支援を目的とする場合も含め、家事支援サービスを提供する企業に雇用される外国人家事支援人材の入国・在留が可能となるよう、検討を進め、速やかに所要の措置を講ずる」としていることである。
 今年の成長戦略は次のような問題意識を提起している。
「人口減少社会への突入を前に、女性や高齢者が働きやすく、また、意欲と能力のある若者が将来に希望が持てるような環境を作ることで、いかにして労働力人口を維持し、また労働生産性を上げていけるかどうかが、日本が成長を持続していけるかどうかの鍵を握っている」「とりわけ我が国最大の潜在力である『女性の力』を最大限発揮できるようにすることは、人材の確保にとどまらず、企業活動、行政、地域などの現場に多様な価値観や創意工夫をもたらし、家庭や地域の価値を大切にしつつ社会全体に活力を与えることにもつながるものである」
 私はこれについて異存はない。確かに人口減少、とりわけ労働力人口の減少は深刻であり、移民政策の導入までが大真面目に議論される事態になっている。しかし、我が国の社会構造や国柄を変えかねない移民政策には慎重であるべきであり、まずは現有の日本国民でもって労働力人口を確保していくしかない。あるいは、労働力人口が減少する中でも、一人ひとりの能力を高めることによって労働生産性を上げていくことも考えられる。安倍内閣が進めている「教育再生」は教育にその機能を期待し、一人ひとりの能力を高めることを目指している。それだけに「女性の力」を質の高い労働力として期待することに基本的には異存はない。
 しかし、女性を労働力としてしか見なさず、性急に社会に駆り出すことは、移民政策と同様に我が国の社会構造を変えることになりはしないか。また、特に女性の子育てへの関わりを減らすことが子供の生育に影響を与えはしないか。引いては国民の質の低下に繋がりはしないか。成長戦略は「家庭や地域の価値を大切にしつつ」と述べているが、その言葉に逆行するのではないか。そのような懸念がある。まして、「女性(日本国民)の活躍促進」のためと称して家事労働や育児の負担軽減のために「外国人家事支援人材」すなわち外国人メイドを受け入れるとすることは、我が国の家庭生活や育児のあり方を大きく変えかねず、慎重な対応が必要である。
 以上は、今年の成長戦略に掲げられている内容についてだが、これらの施策を推進するための法的な措置が前掲の「女性が活躍できる社会環境の整備の総合的かつ集中的な推進に関する法律案」の制定である。両者はセットであり、法律が制定されれば、法的根拠を得て、成長戦略に掲げられている施策は一気に実現されるということになる。
 この法律の「目的」について法案は「男女がそれぞれ自己の希望を実現し豊かな人生を送ることができるようにするとともに、社会の担い手の確保並びに多様な人材の活用及び登用により我が国の経済社会の持続的な発展を図るためには、職業生活その他の社会生活との両立が図られること及び社会のあらゆる分野における意思決定の過程に女性が参画すること等を通じて、女性がその有する能力を最大限に発揮できるようにすることが重要…」(第一条)と述べている。
 そして「女性が活躍できる社会環境の整備」について「妊娠、出産、育児、介護等を理由として退職を余儀なくされることがないようにするための雇用環境の整備の推進及びそれらを理由として退職した者の円滑な再就職の促進等を行うことにより女性の就業率の向上を図る」とし、「社会のあらゆる分野における指導的地位にある者に占める女性の割合の増加を図(る)」(第二条二号)としている。
 前者は女性が妊娠、出産、育児、介護等に関わらず働き続ける社会の構築を予定しているということであり、後者は、成長戦略と同じだが、「政府は、二千二十年(平成三十二年)までに社会のあらゆる分野における指導的地位にある者に占める女性の割合を三割とすることを目指し」とし、平成三十二年(二〇二〇)までを集中実施期間とした上で、国及び地方公共団体並びに事業者は、職員・社員の採用、配置、昇進の現状を把握・分析し、指導的地位へ女性を登用する目標・計画を策定、更に情報公開する等の「積極的改善措置」(ポジティブ・アクション)を取ることを求めている(第十条三号)。

「指導者の3割は女性」へ強権で企業を兵糧攻め


「事業者の事業の規模等に配慮しつつ」との留保条件が付いてはいるが、例外的措置に過ぎない。なぜなら、国または地方公共団体が物品及び役務の調達または補助金を交付するに当たっては、事業者による積極的改善措置等の実施の状況について報告を求め(第十条五号)、積極的改善措置等の実施を推進する事業者の受注の機会の増大を図るよう努めるとしているからである。二〇二〇年までに女性を役員、管理職、高度の専門性が求められる職業その他の「指導的地位」に三割以上就ける現実的な計画がなければ、公共事業を受注したり、補助金が支給されたりすることもないということである。いわば兵糧攻め、経済制裁によって何が何でも三割を達成させるということである。
 この点については今年の成長戦略でも「公共調達や各種補助事業に当たり、事業者又は発注者の負担等を踏まえつつ、ワークライフバランス、女性の登用などへの取組状況について報告を求め、企業における取組の『見える化』を進め、女性の活躍推進に積極的に取り組む企業を適切に評価すること等を盛り込んだ取組指針を策定し、受注機会の増大を図る」と記している。
 女性が活躍できる社会を構築するというのは結構なことだが、個々人の能力や適性、実績、希望は二の次である。現実に女性が少なく、今後も女性の希望の少ない分野・職場もあるが、そこでは公共事業の受注はできないのか。補助金も受けられないのか。また、そのような分野・職場では三割を実現するために本人の能力や適性、実績、希望は度外視するのか。国や地方公共団体の審議会では、一定の割合の女性枠を満たそうとするが、実績や適性のある女性が限られているために同じ人がいくつもの委員を兼任している実態もある。実際には数合わせになりはしないか。さらに分野によっては肉体的な理由から男性に適性がある職場・職業もある。そういうところでは自ずと指導的地位にも男性が就いているが、これも変えなければならないのか。これでは男女の適性や能力を度外視するジェンダー・フリー政策と変わらないではないか。
 この法律案も成長戦略も同じだが、背後にフェミニズムの思想が控えているように思える。先にも述べたように女性が活躍できる社会の構築は極めて結構なことである。男性にない感性や発想、視点が取り入れられることは職場の環境を変え、経済成長に繋がる新たなアイデアも提供してくれるだろう。しかし、そこはやはり女性という存在の能力や適性、また、各分野・職場の性質というものが考慮されなければならない。やみくもに三割が「指導的地位」に就いていなければ、事実上の経済制裁を行うというのは乱暴すぎる。男女の適性や職場の性質を考慮しながらも全体として女性が活躍できる環境を整えるのではなく、強権的に三割を押し付ける。ここにフェミニズムというマルクス主義を背景に持つ思想特有の性質が表れている。
 法律案はまた、以上のことを担保するために「政府は、女性の就業形態及び雇用形態の選択に中立的な税制及び社会保障制度の在り方について様々な角度から検討し、必要があると認められるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」(第九条)としている。「必要があると認められるときは、その結果に基づいて」との留保条件はあるが、もはや結論は出ている。
 今年の成長戦略では前述のように「女性の働き方に中立的な税・社会保障制度等への見直し」と題して「働き方の選択に対して、より中立的な社会制度を実現するため、税・社会保障・配偶者手当等について、経済財政諮問会議で総合的に検討する。【年末までに検討】」と記されている。具体的には、収入が一定額未満の専業主婦やパートの女性の所得税や住民税の負担を軽減するが、「百三万円の壁」と指摘され、女性の就労を抑制している原因とされる配偶者控除を廃止すること、夫が正社員等の場合、妻の収入が百三十万円未満であれば、保険料を負担しなくても健康保険や国民年金に加入できる「第三号被保険者制度」を廃止すること、会社等の配偶者手当を廃止するということである。
 これらの制度は専業主婦を優遇し、独身女性や共働き女性との間に不公平をもたらしているとしてこれまたフェミニズム側から槍玉に挙げられてきたものである。これを夫婦別姓やジェンダー・フリーなどのフェミニズム政策と鋭く戦い、「家族の価値」を重視してきた安倍晋三氏の政権で実現しようというのであるから理解し難い。

女性の意識を踏まえた「家族の価値」重視政策を


 繰り返すが、労働力人口の減少を補うには女性の活用は不可欠である。しかし、現実の女性は妊娠・出産・育児という男性には出来ない大きな仕事を担っている。その当の女性たちは「子供が三歳くらいまでは母親は仕事を持たず育児に専念」という意見に二十~三十代の子育て世代の八〇%が賛成している(国立社会保障・人口問題研究所『全国家庭動向調査』二〇〇八年)。この八割の女性の意向を抑えてでも社会で「活躍」させたいというのだろうか。ここは少なくとも育児に従事する期間は、働かなくとも育児に専念できるよう優遇する制度を設計するのが新たな人口を生み出す女性たちのニーズにも叶う現実的な政策ではないのか。
 子供の心理や育児の質を考えても、少なくとも三歳までは母親を中心として家庭で育児をすることの方が望ましいのではないか。要は、既に育児を終えた女性たちに活躍の場を与えるための制度設計をすればよい。社会復帰を阻害している制度があるのであればそれを改めればよい。妊娠・出産・育児という女性の大事業に対する敬意のない制度設計では、妊娠・出産・育児は単なる・負担・となり、引き受け手はいなくなる。法律案や成長戦略が示す政策では、少子化は安倍首相の思いとは逆に更に加速することになるのではないか。仮に配偶者控除を見直すにしても、夫婦単位か家族単位の課税にして結婚や出産へのインセンティブ(動機付け)を誘導することの方が少子化対策には有効であり、「家族の価値」を重視し、大平正芳内閣前後の自民党の「家庭基盤の充実」政策を正確に理解している安倍首相に相応しい政策であると思われる。現に今年の「少子化社会対策白書」は、結婚しても出産に踏み切れない女性の多くが「子育てや教育にお金がかかりすぎる」ことを理由に挙げている。
 しかし、現段階では女性は妊娠・出産・育児の期間に関係なく、働き続けることが求められている。そして挙句の果てには家事や育児の負担を軽減するために外国人のメイドを使えという。外国人メイドの受け入れの提案は、昨年十一月二十七日に開催された第四回産業競争力会議「雇用・人材分科会」の席上、委員の竹中平蔵氏(慶應義塾大学教授)から唐突に出されたものである。
 竹中氏は「では、労働参加率を何パーセント高めなければならないと分かった場合に、そのためには何をやったらいいか。おそらく、労働市場改革をやらなければならないし、例えば今まであまり議論されていない、女性が労働市場に参加するため、メイドさんを海外から来ていただくような制度も検討しなければいけないのではないか。高度外国人材とは違うかもしれないが、日本の今後の経済の発展のために外国人のメイドさんが来ていただくことは、非常に重要なことになってくるのではないかと個人的には思っている。反対意見もたくさんあると思うが」(議事要旨)と発言し、次いで昨年十二月二十六日の同分科会の中間整理案に「女性の活躍促進」の部分に「ベビーシッターやハウスキーパーなどの経費負担の軽減に受けた方策を検討する」として抽象的に表現され、そして今年の成長戦略に「家事支援ニーズへの対応のための外国人家事支援人材の活用」という表現で打ち出されるに至っている。
 言うまでもないが、外国人メイドの受け入れは、日本人の女性が妊娠・出産・育児に関係なく、働き続けるということとセットである。女性の活躍促進のために外国人のメイドをハウスキーパーのみならずベビーシッターとして受け入れよということである。異文化を有する外国人が日本人の家庭に入り、子供は日本人の母親ではなく外国人のメイドによって育てられることになる。社会構造は変わらないか。育児の質をどう担保するのか。あるいは今後のグローバル人材に不可欠な「日本人としてのアイデンティティー」はその環境の中でどう育てられるのか。不安は尽きない。
 法律案や成長戦略を見て思うのは、経済成長を追求するあまり見失っているものがあるのではないかということである。経済成長は大いに結構であるし、望ましいが、歴史的に形成された社会や国のあり方を改変するものであってはなるまい。安倍首相には「家族の価値」を重視する保守主義の原点を踏まえた成長戦略、女性の活用政策を追求して欲しい。そうでなければ、現在の首相が得意とする経済政策が政権の命取りとなりかねない。