向谷匡史(作家)

 
「田中角栄待望論」は、これまで水面下で根強くあった。

 長い平成不況に入って以後、「角栄なら、いまの日本をどうするか」という話題は、編集者たちと一献酌み交わすときの肴によくなった。人間関係術に興味のあった私は、待望論の背景にある「角栄の人間力」を書いてみたい思い、何度なく書籍化を提案したが、ローキード事件を知るベテラン編集者たちは、その政治手腕を評価しながらも、「いまさら角栄でもないでしょう」と腰が引けたものだった。

 無理もあるまい。ロッキード事件が起こった当時、週刊誌の駆け出し記者だった私も取材に狩り出されたが、元総理の逮捕は衝撃だった。しかも、「今太閤」ともてはやされた立志伝の人物だけにその反動は大きく、長く尾を引いた。待望論は酒の肴にはなっても、肯定的なテーマとして「田中角栄」は成立し得なかったのである。

高速道路と見分けがつかない一般道の通称「角栄道路」と呼ばれる国道8号線(左から奥に伸びる道)と北陸自動車道(右旋回)新潟西IC(本社ヘリから)
高速道路と見分けがつかない一般道の通称「角栄道路」と呼ばれる国道8号線(左から奥に伸びる道)と北陸自動車道(右旋回)
 風向きが変わったな──と私が肌で感じたのは、二〇一〇年の春先のこと。Webで、「田中角栄氏のような人が現れたら日本は変わるでしょうか」といった質問を目にしたときだった。質問者の年齢や立場は不明だが、文章の背景に「政治不信」と「日本はこのままでいいのか」という危機感が読み取れた。

 二〇一〇年春先といえば、総理は民主党・鳩山由紀夫氏。その前年九月の衆議院総選挙で、鳩山氏は普天間飛行場の移設について「最低でも県外」とブチ上げ、民主党は単独政党として史上最多の三〇八議席を獲得して政権与党となった。「鳩山なら何かやってくれるのではないか」「日本に新風を吹き込んでくれるのではないか」「この不況を克服してくれるのではないか」──と国民は期待したのは周知のとおりだ。

 その舌の根も乾かぬうちに、鳩山総理は馬脚を現し、言い訳をし、結果、石もて追われてしまう。鳩山氏個人についてここで言及する気はないが、彼の〝二枚舌〟が国民に与えた政治不信は大きく、その対極として、

「田中角栄だったら、どうするだろう」

 という待望論が──酒の肴としてではなく──本気で語られるようになったと、これは私が肌身で感じたことだった。