塩田潮(ノンフィクション作家)

 何回目かの田中角栄ブームだという。

 いつの時代でも輝きを失わない最大のポイントは、やはり「今太閤」を実現したことだろう。かつて深い交流があった人物が「なんといっても無学歴でも首相になれることを身をもって示した点が大きい。明治維新以来、初めての出来事。だから、これからも『田中神話』は蘇る」と話していたが、何かのきっかけで「田中神話」はたびたび浮上する。

 この世を去ったのは平成5年12月で、バブル崩壊による経済低迷が顕在化し始めた頃だった。それから23年余が過ぎた。途中、「失われた10年」に続いて、「長期デフレ」に見舞われた。角栄ブームは、ポスト成長型社会の停滞感と閉塞感が一つの原因だ。

 田中氏が現役政治家だった1980年代までは右肩上がりの成長型社会の時代で、「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた田中氏は、成長型社会の推進力、あるいはシンボル、ときには守護神と見られた存在だった。現役政治家時代の記憶に残る40歳代以上には、彼なら今の停滞感と閉塞感を打破してくれるのでは、と思う人がたくさんいる。
昭和55年12月、田中派・木曜クラブの忘年会に出席した田中角栄元首相
昭和55年12月、田中派・木曜クラブの忘年会に出席した田中角栄元首相
 健在だった時代、関係者を取材して田中評を尋ねると、「人のできないことをやる政治家」「無から有を生み出す天才」という答えをよく耳にした。パワーの秘密は実行力と突破力と実現力だった。実行し、突破し、実現するにはどんな能力と才腕が必要かも知り尽くしていて、人心収攬、ネットワーク掌握、官僚操縦などの天才といわれた。

 「政治の本質とは」と突然、質問を浴びたとき、田中氏は「それは欲望の調整作業」と答えた。社会と人間関係の本質を見抜く透徹した眼の持ち主だった。

 人心収攬術、ネットワーク掌握術、官僚操縦術をテクニックやノウハウとして身につけているリーダーは珍しくないが、天才と評されたのは、腕前だけでなく、「愛される政治家」という人間的魅力が人を動かしたからだ。人情の機微にも通じた「情の人」でもあった。それは天性の資質だったと思われる。

 だが、人によってこれほど評価が大きく割れた政治家も珍しかった。「存在感の大きさ、実際に政治を動かした実績からいって、戦後の政治家の五指に入る人物」と位置づける見方もあれば、「もともと首相にしてはいけない政治家」と言い切る人もいた。

 コインの裏表のように、明と暗、功と罪、プラスとマイナスが背中合わせだった。「暗」「罪」「マイナス」と指弾を浴びたのは、金権と腐敗、ばらまき型政治、闇将軍による政治支配、権力私物化などである。