上念司(経済評論家)

 ついに舛添都知事が辞任を表明した。最後の最後まで知事の椅子にしがみつく気迫たるや、まさに鬼神の如しであった。特に、6月14日の土壇場で9月まで待ってほしいなどと訴える姿は映画のワンシーンのようだった。いや、よく考えたら、それは映画ではなくて、子どもの頃に観たタイムボカンシリーズのヤットデタマンだ。悪玉であるミレンジョたちは、毎回大巨人に制裁を受ける前にクサい芝居をして時間稼ぎをしていた。もちろん、そのウソは露見し、毎回大巨人から「大激怒」という制裁を受けるのがお約束だ。「選挙には50億円かかる」とか、「オリンピックの日程がー!」とか、まさにクサい芝居だったと思う。最後は大巨人ではなく、都議会と都民の「大激怒」となったわけだ。

記者の質問を受ける舛添要一都知事=6月10日、東京都新宿区
記者の質問を受ける舛添要一都知事=6月10日、東京都新宿区
 舛添氏の決断は遅きに失した感もある。しかし、世間の一部に、舛添のメンタルの強さに賞賛の声もあがっている。確かにそうだ。あれだけ四面楚歌の状況の中で、冗談のような言い訳を繰り返し、「精査する」とか、「違法でないが不適切」といった珠玉の名言を残した根性はハンパではない。まさか都議会でクレヨンしんちゃんの書籍が問題になるとはだれも思わなかったし、チャイナ服購入の動機などはとっさに考えた言い訳とは思えないぐらい傑作だった。この図太さは今の日本人に欠けている。ぜひ見習いたいものだ。

 しかし、あれだけ頭がよくて、これほどメンタルが強い舛添氏であったが、完全にその使い方を間違えていた。韓国人学校の件も、豪華海外出張の件も、一連の政治資金の件も、本来そんなところで頑張るべき場面ではなかった。その頭脳と強すぎるハートは韓国のためでなく、東京都民のために使ってほしかった。能力のある人だっただけに返す返すも残念だ。

 さて、都知事辞任という事態に至って、世間は次の都知事に誰がふさわしいかという話題で持ちきりだ。しかし、私はいまそのことを議論してもあまり意味がないと思う。なぜなら、いま次の都知事として名前の挙がっている人は、有名人ばかりだからだ。もう有名人はうんざりである。今度こそ都知事としての「スペック」が比較されるべきではないか?

 しかし、この「スペック」比較が曲者だ。そもそも、比較する方法は大まかに分けて2つある。一つは好ましい条件を挙げ、それをどれだけ充足するか比較するというやり方。そしてももう一つは「こういう条件を満たす場合はお断り」というネガティブリストを挙げるやり方である。