保科省吾(コラムニスト)

 舛添要一都知事は、同じ弁解を手を変え品を変え、様々な表現で繰り返すことの出来る「言葉の魔術師」です。この機会に以下の言葉を覚えておくと良いでしょう。

舛添知事の答弁は「巧言令色鮮し仁」である。

 「巧言令色鮮し仁」とは、言葉巧みで人から好かれようと愛想を振りまく者には、誠実な人間が少なく、人として最も大事な徳である仁の心が欠けているものだ、という意味です。

 そのような人は東京都知事は言うまでもなく地方自治体のリーダーたる首長はもとより、政治家には向かない。それは自分でも分かっているようで、

 「都知事の座に、『れんめん』としてしがみつくつもりはない」と、答弁しています。『れんめん』とは連綿。綿(コットン)は最初に綿花という綿の繊維のなる木の花から採られます。その採った花のはしをつまんで持ち上げると、繊維の絡みで綿がどんどん連なってくるさまを『連綿』と言うわけです。


 しかしながら、これまでの状況や挙動を鑑みれば、「都知事の座に、連綿としてしがみつくつもりはない」と言う答弁は、ドラマや映画の脚本の世界で言えば『裏ゼリフ』に分類されるのではないか、と疑ってしまいます。
例えば、 「お前のことなんか大嫌いだ」というセリフ。ドラマや映画の中で、これが全く反対の意味を表している時があります。このような使い方が『裏ゼリフ』。舛添都知事の発言が『裏ゼリフ』とすれば、やっぱり『いつまでも都知事でいたい』ということでしょうか。

記者の質問を受ける舛添要一都知事=10日午後、東京都新宿区(山崎冬紘撮影)
記者の質問を受ける舛添要一都知事=10日午後、東京都新宿区(山崎冬紘撮影)
 ところで、正月に家族で泊まったホテル代や、書道のためのシルクの着物。これらは政治活動に使ったと言うことですが、普通の感覚なら自分のお金で支払う類いのお金です。それを政治活動費として計上していたわけですが、これが意味することは、「政治資金が使い切れないほどある」と言うことのように思います。

 政治活動に多額の資金がかかることは、誰でもが知ることです。多くの政治家がカツカツの中で、借金までして政治活動をしています。「政治活動=資金集め」と言っても過言ではありません。そんな中、舛添都知事は、私的な娯楽と思しき事物に回す「政治資金」があるわけです。

 そう考えれば、舛添都知事には有り余るほどの政治資金がある、私用で処理すれば済むお金を政治資金として計上できるぐらい「政治資金が余っている」と考えざるをえません。

 もし、「政治資金が余っている」のであれば、税金も含まれているお金ですから、返還すべきが筋でしょう。実際、使い切れなかった政務活動費を返還している政治家はいます。


 舛添都知事は「給与を全額返還する」と言っていますが、むしろそれは別。湯河原の別荘でも公私なく激務をこなした(らしい)都知事としての正当な報酬なのですから、返還する必要はありません。

 しかしながら、政治資金に関しては話は違います。税金として納められたお金である政党交付金も含められているのですから、余っているのなら1円まできちんと精査をし、「余っている」のであれば返還すべきです。

 もちろん、政治資金の返還には様々なルールや難しい手続きもあるでしょう。しかし、やっぱり「返して」欲しいと思う多くの都民の正常な感覚でしょう。ホテルで舛添一家が食べたかもしれない「正月特別ディナー」の代金を政治資金で払って欲しくはありませんから。

 正月の家族旅行にまで呼ぶという「最重要の出版社社長」ともよく相談して、返還の方法を探るべきです。フランス好きの舛添都知事のことですから、その社長さんとシャンパンの一本ぐらい空けているかもしれません。いづれにせよ、これらは全て「給料=個人のお金」とは全く別ですから、返還は必須です。

 これを「庶民感情」といいます。

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