岡部伸(産経新聞ロンドン支局長)

 黄昏の老大国、英国の「Brexit(ブレキジット)」の決断に世界から注目が集まっている。Britain(英国)とExit(出る)を組み合わせた欧州連合(EU)離脱問題で、急増する移民など社会の現状に不満を募らせた白人の中間層や低所得層の怒りを汲み取った離脱派のボルテージは最後まで勢いを失わなかった。6月23日の国民投票で離脱が決まれば、EUが弱体化し欧州統合の流れに逆行するばかりか、英国はもとより世界経済にも多くの影響が出る。そこには戦後欧州がめざした多文化を受け入れる寛容の精神は消え、不健全な大衆迎合的(ポピュリズム)で内向きのイングランドナショナリズムが見え隠れする。それはあたかも、米国の大統領選で中間層の怒りに便乗して吹き荒れる「トランプ旋風」の英国版のようだ。そしてスコットランドではEU加盟存続を求めて再度独立をめざすナショナリズムが台頭、連合王国はアイデンティティの危機に立たされることは不可避の情勢だ。

「EUはヒトラーと同じ」


「EUが英国の離脱を阻もうとするのは、欧州制覇を試みて悲劇的な結果に終わったナチスのヒトラーと同じだ」

 離脱派の有力指導者、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長が5月15日付『デーリー・テレグラフ』紙に、EUを第三帝国の独裁者、ヒトラーと同一視する独特の歴史認識を語った。ジョンソン氏は、「ナポレオンにせよヒトラーにせよ、権力の下で超大国をめざしたが悲劇に終わった。EUも別の方法でこれを試みている」と持論を展開。こうした目標は「途方もない民主主義の欠如を招く」と指摘し、ヒトラーと戦ったチャーチル首相に倣って、国民投票で離脱に投票してEUを救うことで英国民は「欧州の英雄」となると訴えかけた。
5月26日、英南部ウィンチェスターで、EU離脱、残留両派に囲まれながら演説するジョンソン前ロンドン市長(共同)
5月26日、英南部ウィンチェスターで、EU離脱、残留両派に囲まれながら演説するジョンソン前ロンドン市長(共同)
 首都のロンドンでイスラム教徒のサディック・カーン市長が誕生するなど、多民族国家の英国でジョンソン氏の発言は、第2次大戦に勝利しながら落日を迎えた大英帝国に郷愁を抱く白人の中高年層のEUに対する不満に寄り添うもので、彼らの怒りに便乗した大衆迎合ともいうべき内容だった。


外国首脳の側面支援を批判


 同じ『デーリー・テレグラフ』紙に、訪英した安倍晋三首相に対する辛辣な批判が載ったのは5月6日のことだった。

「日本経済は大失敗した。それなのになぜ、英国はEU離脱について安倍首相に耳を傾ける必要があるのか」

 安倍首相が同5日にダウニング10(首相官邸)で、「英国はEUに残留することが望ましい」「世界にとって強いEUに英国がいるほうがよい」とキャメロン首相が掲げる残留支持を表明したことに、保守派の読者が多い同紙が過剰反応した報道だった。その背景には、EU離脱問題についてG7(主要国)首脳会議開催国である日本の安倍首相から残留を諭されたことが容認できない離脱派のいらだちがあった。

 Brexitをめぐって、外国首脳のキャメロン首相への側面支援に離脱派が反発するのは初めてではない。エリザベス女王の90歳誕生祝いに訪英したオバマ米大統領が4月22日、キャメロン首相に残留支持を表明し、離脱なら、米国との貿易協定の交渉の優先度で「英国は列の後ろに並ぶ」と警告すると、ジョンソン氏は「内政干渉だ」と批判。オバマ大統領の実父が英国の旧植民地のケニア出身だったことから、「ケニア人の血を引く大統領の家系が英国に敵意を抱いている」と反発。またEU離脱を主張する英国独立党(UKIP)のファラージ党首は「これまでで最も反英の米大統領だ」と批判した。