古谷経衡(著述家)


生活モンスターの推進剤


 東京都の舛添知事がついに辞職に追い込まれた。正式には本日(6月21日付)で辞職する。すでに後継を決める都知事選候補をめぐる人選に耳目が集まっているが、猪瀬前都知事に続き2名の都知事が任期半ばで辞任するという、都政始まって以来の異常事態である。

 舛添氏の「つまづき」は、高価な出張費(ホテル代など)の告発から始まり、それに相前後する形で神楽坂にほど近い都有地(旧商業高校)の売却問題をめぐる適・不適の騒動へと、雪だるま式に膨れ上がった。

 単なる「記載漏れ」が、徳洲会という一般に輪郭があまりつかまれていない巨大医療法人からの賄賂の如く受け取られ、「5000万円を模した発泡スチロール」が鞄に入るか入らないかが耳目を集めた猪瀬知事とは違って、確かに舛添氏の騒動には、客観的にみて明らかにグレーゾーンが多いものであった。特に保育園用地が不足している中で、都心一等地を韓国政府に有償貸与するという舛添都政の「都市間外交」は、純粋に政策という意味でも妥当性は薄かった。

 舛添氏は問題になった湯河原の別荘地を売却し、公私混同を指摘された支出の返納や同額の寄付、知事給与の全額返納まで打ち出したが、一度火が付いた感情は収まらなかった。確かに舛添氏の公私混同の支出は問題であるが、それを返納し、残り任期を事実上「タダ働き」するというのであれば、それこそ公益に資するといえよう。

本会議の最後に、深く一礼してから知事退任の挨拶をする舛添要一都知事=6月15日午後、東京都庁(松本健吾撮影)
本会議の最後に、深く一礼してから知事退任の挨拶をする舛添要一都知事=2016年6月15日午後、東京都庁(松本健吾撮影)
 が、一度走り出した生活感覚というモンスターはとどまるところを知らない。クレヨンしんちゃんを買った、ヤフーオークションで絵画を落札した…。いわゆる「庶民」の生活実感のなかで十分実感できうる範囲での浪費が、モンスターの推進剤となった。

 NHKの19時のニュースのトップで、連日この疑惑と問題が取り上げられる。各局も同様に連日追従した。当然この疑惑の先鞭を切る形となった週刊誌も毎週同様である。世界のメディアはフロリダ・オークランドで起こった全米最悪の銃乱射事件とISの動向、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票に注目していたが、ただ日本一国だけが舛添氏の買ったクレヨンしんちゃんを狂ったように報じていた。

 市井の無名の市民にカメラがマイクを向けると、「…けちくさい」「私たちは1円でも節約しようと頑張っているのに…」の大合唱。またぞろ生活モンスターの跳梁跋扈である。小沢一郎がかつて立ち上げた「国民の生活が第一」という党名を思い出した。国際情勢よりもシリア難民よりもEU離脱よりも、今晩の晩飯こそが重要という、「生活どぅ宝」とでもいうべき矮小化が先走る。

 生活に注力するのが悪いといっているのではない。しかし、巨悪を黙殺した「生活どぅ宝」は時として卑小だ、と言っているのだ。