諌山裕(グラフィックデザイナー)

 舛添都知事の辞職が確定したようだ。今回の一件に関して、小林よしのり氏は舛添氏に対するバッシングを「集団リンチ」と書いているのだが……

舛添都知事をギロチンにかけよという民衆の声が静まらない。

都議会でもマスコミでも、集団リンチが続いている。

(中略)

「レ・ミゼラブル」のエピソードに倣って、コソ泥には

銀の食器を与えよ、反省して死にもの狂いで働くからと

言っても、聞く耳を持たない。

(中略)

民衆とはそうした愚昧な連中なのだ。

 「愚昧(ぐまい)」とは……

おろかで道理に暗いこと。また、そのさま。愚蒙。「―な人」

「―なる通人よりも山出しの大野暮の方が遥かに上等だ」〈漱石・吾輩は猫である〉

 ……の意だが、「愚昧な民衆」とは「愚民」ということになる。「愚昧」の対義語は「賢明」だが、では「賢明な民衆」とは存在しえるだろうか?……という疑問がわいた。「愚民」の対義語は、「賢民」になりそうなものだが、「賢民」という熟語は辞書にはない。「賢民」は造語になってしまう。
2014年2月、雪が降りしきる中、東京都知事選の候補者の街頭演説に足を止める有権者ら=JR品川駅前(宮川浩和撮影)
2014年2月、雪が降りしきる中、東京都知事選の候補者の街頭演説に足を止める有権者ら=JR品川駅前(宮川浩和撮影)

 誤解しそうなのが「良民」だが、本来は「良い民」の意味ではなく、階級制度のあった時代(奈良時代)の身分を表す言葉だ。辞書によっては「善良な人民。まじめな国民。」と記しているものもあるが、福澤諭吉の「学問のすすめ」あたりから派生した拡大解釈だと思われる。

 かかる愚民を支配するにはとても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。

 ここに「良民」という言葉が出てくる。同時代の陸羯南(くがかつなん)の著作「近時政論考」(1891年刊)では、良民について……

 吾輩はあえて議員諸氏に向かいてこの編を草するにあらず、世の良民にして選挙権を有し読書講究の暇なき者のためいささか参考の資に供せんと欲するのみ。

 ……と書いていて、選挙権を有していることが条件のひとつになっている。当時の選挙権は、「国税を15円以上おさめている満25才以上の男性に限られ、全人口の1%の人」だったことを考えると、富裕層が対象だったようだ(※当時の15円は、現在の60万~70万円ぐらい)。

 「愚民」の対義語が「良民」と定義されていないのはなぜなのか? 字義に別の由来があるからなのかもしれない。「賢民」の語がないのは、個人としては賢明さを備えていても、民衆という大人数の集団になると賢明さを失い愚昧な人々になってしまう……ということではないだろうか。

 つまり、「賢民」が存在できないのであれば、民衆と愚民は同義語あるいは補完関係にあり、「民衆とはそうした愚昧な連中」という指摘は成立しないことになってしまう。人が数万人~数百万人~数億人と集まって「民衆」になると、「愚昧化」するともいえる。

 小林氏が、舛添問題での民衆のあり方を「愚昧=愚民」と批判するのであれば、「賢民」といえる事例を引き合いに出さなければ説得力が乏しい。