多数の死者を出して沈没した韓国船「セウォル号」の運航会社の実質的オーナー、兪炳彦(ユ・ビョンオン)容疑者(73)が逃亡を続けている。兪容疑者は、1千億ウォン(約100億円)以上の横領、背任、脱税の疑いが持たれ、捜査当局に指名手配された。乗客の安全をないがしろにして巨額のカネを手にし、それを政・官・民の癒着構造の中につぎ込み、政界との強い結びつきも噂(うわさ)される兪容疑者。その行方に注目が集まっている。

仏、カナダに亡命申請も…拒否される?


 朝鮮日報(電子版)によると、仁川地検特別捜査班は2014年6月3日、こんな発表を行った。

 「最近、韓国駐在の外国大使館に匿名の人物が現れ、兪容疑者の政治亡命の可能性を打診した。当該大使館側は、兪容疑者が単なる刑事犯という理由で、亡命申請を拒否した」

 兪容疑者が政治亡命を申請したのは、在韓フランス、カナダ大使館とされる。

 東亜日報(電子版)などによると、捜査本部は兪容疑者の側近が関連企業の資金を不正に兪容疑者一家に支払っていたとして、横領や背任容疑で捜査している。さらに検察は6月2日、兪容疑者一家に対し、セウォル号沈没事故の責任を問うための財産保全の観点から、長男宅に対し家宅捜索を行い、高級外車4台や絵画16点を押収した。

 合同捜査本部は5月9日、過積載などの危険な運航をさせ、船の乗客多数を死なせたとして、業務上過失致死などの疑いで、運航会社の清海鎮海運代表、キム・ハンシク容疑者(72)を逮捕した。兪容疑者の関与についても捜査を続けているとされる。

 捜査本部によると、セウォル号は昨年3月の就航以来、241回の航海のうち139回も過積載をして、同社は29億5千万ウォン(約2億9千万円)もの不当な利益を得ていた。

 安全をないがしろにし、乗客を危険にさらしながら得たカネの一部は、政治家や天下った元官僚らの懐に消えた疑いがあるという。

韓国揺るがす疑獄事件?


 東亜日報によると、捜査当局は全羅北道の蔡奎晶元副知事への事情聴取を行った。蔡氏は2001年~06年6月の間に副知事のほか、益山市長などを歴任し、その後、同社の関連会社代表に就任した。検察は、蔡氏に対し、数億ウォンもの資金が貸し出されていることなどに注目。蔡氏が兪氏への裏金作りに加担、政官界へのロビー活動も行っていたとみているという。

 もっとも、こうした政治家は多数いるとみられ、東亜日報はこう指摘している。

 「兪氏をかばう元現職の政官官界の関係者が蔡氏だけだと思っている国民が果たして何人いるだろうか」

 清海鎮海運の急成長をめぐっては、政治家、官僚らが不正に関与した可能性が極めて強い。

 東亜日報によると、兪容疑者は1997年に、別の海運会社を経営破綻(はたん)させ、2年後に、事業をほぼ受け継ぐ形で清海鎮海運を設立。仁川~済州間の旅客船運航を独占して急成長を果たした。

 その経緯がすでに怪しいが、同社は過積載を繰り返し、安全運航も十分ではなかった。にもかかわらず、政府機関の選ぶ「顧客満足度の優秀船社」に4度も名を連ね、仁川市は物流発展大賞を授与した。行政側が、運航会社としての格を水増ししていたのだ。

 要するに、同社を含めた海運業界と、行政側とは“ズブズブな関係”にあったのだろう。

悲惨な事故を起こした船の検査…1時間で「良好」


 朝鮮日報や中央日報(いずれも電子版)によると、船舶の安全検査を行う韓国船級協会には多数の官僚が天下っていた。しかも検査は杜撰(ずさん)だった。例えば、セウォル号は浸水すれば自動的に46隻の救命艇が下りて使用できる仕組みだったが、実際に使用できたのは1隻だけ。同協会は2014年2月にその検査を実施したが、わずか1時間あまりで「良好」と判定していた。要するに、見逃したのだ。

 合同捜査本部は5月12日夜、セウォル号の救命装備の安全点検を怠った検査担当者を偽計業務妨害などの疑いで逮捕した。

 一方、今回の事故を受けて海運汚職を捜査していた釜山地検は、同協会に関する捜査情報を、解体が決まった海洋警察の担当者に流出させたとして、地検の捜査官を在宅起訴した。海洋警察の担当者から情報を受けた同協会は家宅捜索される直前に、パソコンから重要な資料を削除していたとされる。

 こうした政・官・民の癒着ぶりをみると、セウォル号の沈没事故が人災であったことがよく分かる。「癒着の構造」は社会の隅々に巣くっていたのだ。中央日報はこう指摘している。

 「検察は自分たちの腹を肥やす目的の兪氏一家の行動が、どれほど残酷な結果を招いたのかをひとつひとつ国民の前にみせなければならない」

「自分さえよければいい」


 ロイター通信や中央日報(電子版)などによると、兪容疑者は1941年、京都に生まれ、戦後に韓国に戻った。兪容疑者の妻の父親が興したキリスト教系を自称する新興宗教の傘下団体で牧師として活動。87年にソウル近郊の工場で、教団の信徒32人が自殺した問題で事情聴取を受けたほか、92年には信徒の資産を流用したとして詐欺罪で懲役4年の判決を受け服役した。

 兪容疑者率いる企業グループは90年代に拡大したとされる。ただ、朝鮮日報は、兪容疑者を含む一家について、清海鎮海運など系列会社約10社が偽の損益計算書や二重帳簿を作成するというやり方で、約140億ウォン(約14億円)も脱税していたと報じている。

 「自分さえよければいい」「他人を押しのけてでも自分が」。癒着構造の根底にあるのは、そうした韓国社会の悪弊でもある。